高取城 [3/6] 猿石の奥に残る岡口門跡と、吉野口門跡の登り石垣へ。

高取城 訪問記 − 其ノ三(全六回)。

[概要]
七つ井戸から城内へ。本丸は最後に見るとして通り越し、大手門から二ノ門まで一気に大手筋を下る。猿石を右に曲がって明日香方面へ。Part3では、明日香村への出口にあたる城門「岡口門」跡を見た後、大手門前の坂を降り、吉野口門の近くに残る「登り石垣」を見るという、ややマニアックコースを紹介します。

Links: 高取城 訪問記(全六回)


<訪問記>

猿石を右に曲がった先、明日香村方面へ。

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道が折り曲げられ、角には低いながらも石垣が築かれている。城門があったかは不明だが、虎口の様相を呈している。

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このあたりはすっかり竹林。左右は武家屋敷跡っぽいが、入っていっても恐らく何も分からないだろう。

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小粒だがやや高めに積み上げてある石垣。

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更に奥へ進むと、竹林の斜面下に築かれた長い石垣が姿を現した。上は武家屋敷というより斜面なので、登城路の威厳を出すために築いた「石垣の壁」だろうか。

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とはいえ、やはり殆ど放置されているからか、崩れ放題な場所も多々見受けられた。大きな地震が来れば一気に崩れてもおかしくない状況。

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石垣エリアを越え、しばらくして石で段差が作ってある場所へ。ここを曲がると、岡口門跡となる。ちなみにこの写真は元来た方向を向いて撮っているため、城内から進んできた時は反対向きの景色になる。奥の石碑は「史跡高取城跡」と書いてある。

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こちらが、上の写真の場所から反対を向くと見える景色。岡口門跡。尾根道を分断する大堀切の両側を石垣で囲った形だ。今歩いている道は、当時の道ではなく、ハイキング用の道かもしれない。

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岡口門跡 巨大堀切と石垣。二ノ門と同じかそれ以上に巨大で存在感のある石垣。当時はこの石垣の上に木橋が架けてあったのだろうか。

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岡口門跡を明日香村方面から。まったく整備されていないのか、石垣の上から中から草が生え放題。本丸等も、整備をしていなければ、この状態だったのだろう。城は使われなくなると山に戻るとは言い得て妙。

では岡口門跡を堪能した後は、再び二ノ門を経て、大手門前まで戻る。

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二ノ門。やはり岡口門の方が石垣そのものは立派かもしれない。ただし二ノ門の石垣は横に長い(左にかなり長く続いている)。

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大手筋を、大手門方面へと戻る。降りながら見る景色と、登りながら見る景色は意外と雰囲気が異なるため、一度通った道とはいえ、結構楽しみながら戻ることができた。

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大手門前へ戻ってきた。次は、大手門の向かって左側にある坂道を降りて、本丸の周囲をぐるっと外側を回りながら奥へ進むルートを進もう。「芋峠」方面へ。この先には、本丸直下にあたる巨大石垣と、その先の吉野口門、登り石垣、そして弥勒堀切と呼ばれる石積みの堀切が残る。(芋峠までは行かない)

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では大手門前(三ノ丸)から階段を降りていく。階段の脇も石垣で固められている。さすがは三ノ丸。

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階段の下は井戸跡が2つ残る、やや大きめの曲輪となっている。1つ目の井戸は目の前の柵で囲われたところ。冬場でもこのヤブ模様なので、夏場はヤブの中を押し通る形か。井戸に落ちないように注意したい。

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大手下の曲輪から、大手門方面を見上げる。奥に見える巨大石垣が大手門跡。

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大手下曲輪、2つ目の井戸。柵がなければ落ちそうなぐらい、突然地面にポカンと穴が開いている。

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曲輪の周囲は高石垣で囲まれている。縄張図によると、この高石垣の上には二重櫓があり、石垣の下には城門と番所があったようだ。

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櫓台石垣。草ぼうぼうで写真では分かりづらいが、かなりの高さがある。まさにそびえたつ石垣という風体。

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食い違い虎口になっている場所。ここにも城門があったのだろう。

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食い違い虎口部を反対側から。右側の石垣は僅かに残っているのみ。

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右側の斜面は本丸の直下にあたり(縄張図によると三段上が本丸)、ここから直接本丸へ行かれないよう、がっちり石垣で防御していたようだが、このように結構その石垣が崩れていた。崩れた面に余り苔などがついていないことから、崩れて間もないのかもしれない。いよいよ崩壊が始まっている。

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左側に井戸があり、広大な敷地が広がっている場所へ。左側が縄張図に描かれている武家屋敷群だ。中は真ん中あたりに土塁で上段下段に分けられ、合計 何十軒もの屋敷が建ち並んでいた。弥勒堀切からの帰りに訪問してみよう。今は奥へ。

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左側は武家屋敷群がまだまだ続く。右側は、本丸直下ということもあり、結構大きめの石をふんだんに使った巨大石垣がずっと奥まで続いている。苔むし具合がすごい。高取城見どころスポットの1つと言えよう。石垣に沿って、奥へ。

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鈍角に曲げられた、大石垣。ちなみにこの石垣の上も、縄張図によると広い曲輪になっているのだが、何も描かれておらず、不明。登り口もわからない(恐らく下からは行けず、本丸下の帯曲輪側から降りてくるものと思われる)。

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鈍角に曲げられた高石垣部分。特別な加工はしておらず、普通の石材をうまく角度を付けて積み上げただけだ。

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鈍角部をもう1枚。個人的にここが気に入っている。

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ちょっとだけ曲げられた石垣部分。この上は縄張図によると二重櫓だったようだ。

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ここの石垣も苔むし具合がすごい。まるで、マリモ。

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やっと、石垣の隅へ。

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石垣の隅部。手前に杉の木がニョキニョキ生えていて見辛いのが残念。ちゃんと算木積みがされていて、結構な高さで積み上げられている。恐らく枯葉で足元がずいぶん埋められているだろうから、ちゃんと整備すると本丸部に比肩する高石垣が出てくるかもしれない。松ノ門など大手筋 城門シリーズをいつか整備するときが来たら、ここ武家屋敷前高石垣もお願いしたい!

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武家屋敷前 石垣隅部。隅部の下の方はなかなかの巨石が積み上げてある。

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そしてその奥は、今度は内側に谷折りにして石垣が大きく曲げられていた。窪みに枯葉が積もりまくってしまっているのがとても残念。

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武家屋敷前 高石垣 隅部全景。すごい迫力だ。

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そしてその先には、本丸へ伸びる斜面に沿って、ななめに石垣が積み上げられている。洲本城や彦根城でも見られる、いわゆる「登り石垣」だ。資料によっては「竪石垣(たていしがき)」とも表現されていた。登り石垣と竪石垣の違いについて分かる方教えて下さい。これは道の上側。

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こちらは登り石垣 道の下側。つまり、上と下が、道で分断されている形になる。下まで降りて上を見上げたかったが、とても降りられる場所ではなかった(降りると上がれなくなる)。

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道で分断された登り石垣。結構下がっても、普通のレンズでは登り石垣の上端下端が入りきらない、これ以上下がると地面が邪魔して隠れてしまう。

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ということで、魚眼レンズで撮影。かなり歪んではしまうが、登り石垣の上端から下端までを一枚の写真で収めることが出来る。そして、この真中の分断部分に、かつて「吉野口門」があったのだろう、か。縄張図では、そんなように見える。

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しかし現地では「吉野口門跡」の看板は、登り石垣から少し離れたところにポツンと建っていた。ここだと、どこがどう吉野口門だったのか、よくわからない。

続いてPart4では、この先にある尾根沿いの曲輪群と、石垣で固められた「弥勒堀切 (みろくほりきり)」を見に行きます。

>> 高取城 [4/6] へ続く。<<

訪問時期:2015年12月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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