知覧城 [3/3] 回り込まされる虎口と大土塁が見どころの「今城」へ

知覧城 訪問記 − 其ノ三(全三回)。
Link: 知覧城

[概要]
知覧城へ。本丸と蔵之城の間の堀切から入城、本丸・蔵之城の遺構を見てから、虎口を通って巨大堀切へ。左右にそびえる高切岸に驚く。Part3では残る2つの曲輪、弓場城と今城へ向かいます。


<訪問記>

知覧城 第3の曲輪、弓場城へ登城中。

chiran-4211弓場城への登城路。

chiran-4212着いたと思ったらまだ上がある。ここはまだ、弓場城(右の坂の上)と今城の間の曲輪。右の斜面を上がる。

chiran-4213やや虎口状の土塁の切れ目があるところから、弓場城へ。そこまでは階段等は設置されておらず、普通に坂。

chiran-4215坂を上がって弓場城入口へ。おおっ、虎口だ。

chiran-4217弓場城へ到着。ここもかなり広い。発掘調査はされていないのか、説明板の類や平面復元などは見られなかった。縄張図によると周囲に土塁の跡が描かれていたので、外周を一周してみる。

chiran-4218弓場城 土塁跡。僅かに、かつてここに土塁があったような痕跡が見える、気がする。

chiran-4220入って右奥の土塁。ここが一番土塁跡っぽい。何もないと、これぐらいだけでも見つけると嬉しいもの。

chiran-4221一周して戻ってきた。虎口左前あたり。うーん。

chiran-4225では弓場城は降りて、向かい側にある4つの曲輪の最後の1つ、今城へ向かおう。縄張図によると、4つの曲輪のうち、今城が一番巨大なようだ。

chiran-4226今城は、斜面に造られた細い山道をずっと奥へ進んだ先に入口があるようだ。

chiran-4228最後は急斜面な切岸ギリギリに造られたここを越える。左のロープがなければ結構コワイ。

chiran-4230斜面からグルっと回りこむと、そこが今城 虎口。土塁に囲まれた道が右へ曲がっている。

chiran-4231道はそのまま右奥へ続く。土塁は低くなっているが当時はもっと高く、まっすぐは進めない感じになっていたのだろう。

chiran-4235今城 虎口手前から全景を見る。かなり広い。

chiran-4236今城 虎口部分。4つの曲輪の虎口のうち、ここが一番手が込んでいる。chiran-4238今城の様子。ここも発掘はされてないようだが、草木を刈るなどの整備はキチンとなされているようだ。素晴らしい。

chiran-4240今城も虎口から入って左奥の際に土塁が残る。かなり崩れて入るが、かなりの高さの土塁だったことが伺える雰囲気だ。

chiran-4241土塁は今城 東端の辺に沿ってぐるっと造られている。

chiran-4242では今城から下山して、あとは中央に作られた巨大堀切を今度は東へ進み、元の駐車場の方に戻ろう。左側が本丸、右側が今城。

chiran-4243巨大堀切を進む。左側が本丸、右側が今城。一見「箱堀(地面が平らな堀切)」のようにも見えるが、実際は薬研堀に近い構造だったようで、発掘調査の結果、更にここから7m(!)以上の深さが当時はあったことが分かったとか。今でも十分な高さがある各曲輪だが、更に7m高かったとは!

chiran-4244このあたりは戦時中、いくつかの防空壕が掘られたようで、時折巨大な穴が口を開けていた。南鹿児島には特攻隊の基地があったため、他の九州の地に比べ、何度も空襲が有ったという。

chiran-4247堀切の出口あたりに出てきた。地面がかなりぬかるんでいた。

chiran-4248堀切を出て、広い場所へ。左の斜面が本丸、正面の森の上が「東ノ拵(こしらえ)」と呼ばれた曲輪のようだ。この先の広場を本丸にそって左へ曲がれば、車道へ出て、元来た駐車場へ戻る。

chiran-4300a-6870知覧城跡パンフレット。左は現地ガイド氏から頂いたものだが、恐らく「知覧ミュージアム」で手に入ると思われる。A3両面カラーを半分に折り曲げたもので、中の縄張図(Part1の最初に掲載したもの)はかなり細かく描いてあって分かりやすい。右の白黒コピー1枚のものは、Part2で見た蔵之城の入口手前のポストに入っていたもの。普段人の居ない山の中に設置するにはこれで十分。

chiran-5000a-4089sおまけ:知覧と言えば特攻基地があった地で有名。作戦の是非はともかく、かつてこの地から国を家族を守るためまさに文字通り命を懸けて体当たり攻撃を実行した多くの若者が居たこと、彼らのおかげで今私たちは平和を享受していることを、決して忘れてはなりません。ということで知覧城訪問の際はすぐ近くにある知覧特攻平和会館へ行きましょう(本編からずれるのでここには載せません)。さて、その知覧特攻平和会館の横に「ミュージアム知覧」という歴史博物館があり、そこに知覧城のジオラマを始めとするお城の展示がある。知覧城跡のパンフも手に入るので、こちらもぜひ訪れておきたいところ。写真の建物が「ミュージアム知覧」。平和会館と共通券で800円で入れます。中は写真NG(知覧城ジオラマは立体感が分かる良い出来だっただけに記録に残せないのが残念。文化財以外は写真OKにして頂きたい)。

chiran-5101a-4100おまけ:平和会館前に置かれている特攻機「隼」の実寸大模型。映画撮影用にかなり精巧に造られたものを譲り受け、ここに展示。隼は陸軍の主力戦闘機で、5,000機以上が造られ、うち166機が特攻に使われたという。なお平和会館内には他に陸軍戦闘機「疾風」の実機(米軍が接収、修復)および海軍戦闘機「零式(通称 零戦)」の海没機(沈没から35年後に引揚げ)などが展示されている。

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南九州地区を代表するシラス台地の壮大な山城跡、知覧城跡。7m埋まっても、この規模という大堀切は是非 現地で体感したい。また近くには今回未紹介の麓屋敷(知覧城廃城後に佐多氏が住んだ武家屋敷群)や、最後に紹介した特攻関連の施設もあり、南九州訪問の際は是非合わせて訪れておきたい。

訪問時期:2015年9月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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