飫肥城 [2/3] 松尾丸から立派な桝形虎口が残る旧本丸へ。

日向国 飫肥城 – 其ノ二(全三回)。

前回(Part1)までの飫肥城 訪問記。

再建大手門より入城。立派で堅固な大手桝形から城内を通りぬけ、二番目の枡形虎口へ。本丸直前にあることから、本丸虎口とも言える。

Part2では、こちらも再建された松尾丸、そして旧本丸へ。


<訪問記>

obijo-2933s本丸虎口前より。旧本丸方面を見る。正面の土塁の上が旧本丸。旧本丸へ向かうにいは右側から奥へ回り込む。左へ進むと松尾丸と呼ばれる、一段高い曲輪へと繋がる。ちなみに本丸跡は見切れているが右側、現在は小学校となり立入禁止。

obijo-2935a-3015ではまずは松尾丸へと向かおう。この石段の上が松尾丸跡。現在は屋敷っぽい建物(模擬)が建てられている。

obijo-2937松尾の丸 説明板。大手門と同じく、学者の先生が設計監修した、史実とは関係のない武家屋敷っぽい建物が建っている。昭和54年築だが、英語の説明文では何故かしれっと昭和初期に建てたことになっているのが気になる。

obijo-2940松尾丸へ向かう石段から、本丸虎口を見下ろす。これらの城壁の類もすべて昭和の再建とのこと。

obijo-2941s松尾丸へ。建物としての玄関は左側の飛び出しているところと、脇と、2つある。

obijo-2942a-3010車寄的な場所の前から魚眼レンズにて全景撮影。藩主の御殿(本丸にあったもの)を場所を変えて復元したという話で、細かい建物デザインは学者の想定だが、元々ここ松尾丸にあった何かしらの建物の礎石等から部屋配置を想定して同じ構造で造り上げたのか、松尾丸の遺構は関係なくあくまで本丸御殿を参考にした造りで建てたのか、受付の方に少し質問したがあまり詳しくないようで諦めた。いろいろ詳細不明。ということで中身もさらっと紹介に留める。

obijo-2949玄関の間。

obijo-2955廊下と御座の間。

obijo-2956御座の間。文化財ではないので座布団に座って撮影も出来る。

obijo-2960御座の間。城主ライトアップ用のライトがドラマのセットっぽい。

obijo-2962茶室と化粧室を外から。

obijo-2968茶室。建物自体は再建だが、中の部屋は入れるところと入れないところがある。茶室は入室NG、というか入ってOKと明記されている場所(「御座の間」など)以外は基本NG。部屋には中国語で書かれた立入禁止パネルがあちこち置かれている。英語やその他の言語が無く中国語だけがあるところがポイント。

obijo-2975御寝所。

obijo-2978殿様御厠。つまり藩主専用の便所ということで、なんと畳敷き。右の小さな入口は、用足し後の処理をする人用か。殿様以外の人用の厠はもっと簡素な板張りの場所で別に用意されていた。

obijo-2989中庭。排水口のような石積みは松尾丸の遺構だろうか?

obijo-2991特報 約440年前、宮崎にもフォーティエイトがあった!」というパネル。伊東氏全盛期、日向国には本城(都於郡城)と48の支城があった、という話。

obijo-2996松尾丸周囲はなかなかの高さの土塁で囲まれていた。建物裏手の土塁。

obijo-3016では再建屋敷はこれぐらいにして、旧本丸跡地へ向かってみよう。小学校前まで降りてきて、看板に従って奥へ進む。2004年の朝ドラ「わかば」の収録で飫肥城本丸が使われたことがやたらとプッシュされている。ちなみにこの本丸跡の脇を通って旧本丸へ向かう道は、古絵図によると当時は無かった道で、旧本丸へ向かうには新本丸の中を通って奥へ抜けないといけなかった。現在は新本丸が小学校になってしまったので、旧本丸への観光ルートとして新たに造られた道のようだ。

obijo-3017旧本丸へと続く道。左側の土塁の上が旧本丸。右側の広いスペースが本丸(現小学校)。恐らくこの道も元 新本丸の一部か。

obijo-3018飫肥城 旧本丸 説明板。飫肥城はシラス台地(桜島や霧島山などからの火砕流で出来た凝灰岩地層)を空堀で区切って形成された城郭で、他の南九州の山城と同じく、各曲輪が単独の山城のような名称を持っていたようだ(中ノ城、今城、など)。江戸初期に三度の地震で旧本丸が地割れし、下(現小学校)へ本丸御殿を移転したという。そのため、上を「旧本丸跡」、下を「本丸跡」と呼んでいる。

obijo-3020旧本丸へ。石段と石垣による堅固な虎口が形成されている。石段に沿って左へ向かうと旧本丸、正面の土塁は旧本丸の端っこで、その右側には旧本丸と他の曲輪を区切る空堀があるようなので、登る前に見に行ってみる。

obijo-3021旧本丸(左側)と、東側の曲輪とを区切る、空堀。元々広いシラス台地だったものを掘り下げたのだろうか。

obijo-3023では旧本丸へと向かおう。巨大な城門があったと思われる石垣が見えてくる。

obijo-3025a-3058中はやや小さめだが石垣でしっかり囲まれた枡形虎口になっている。

obijo-3026旧本丸 枡形虎口へ。かつて巨大な城門を支えていたと思われる巨石の礎石が入口に整然と並んでいる。

obijo-3028旧本丸 枡形虎口から、旧本丸へと続く石段。石垣はきっちり整形され隙間なく積み上げられた切込ハギ。

obijo-3038旧本丸全景。かなり広い。現在は大量の飫肥杉が植樹されている。

>> 飫肥城 [3/3] へ続く。<<

訪問時期:2015年9月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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