鎌掛城 : 急斜面の下に巨大石組み井戸が口を開ける危険な山城。

鎌掛城 (かいがけじょう) は「鎌掛の屏風岩」を抱く急峻な岩山の山頂に築かれていた山城で、16世紀初頭の蒲生家の一派の居城とする史料が残る。また山麓には蒲生賢秀(氏郷の父)が隠居後に住んだ「山屋敷」跡がよく残る。山上の城は急峻な岩肌を持つ天然の要塞とも言うべき山上にあり、正面から登るとロッククライミング状態な場所もある(裏手からの道は緩やかだが、道が判別し辛い)。主郭奥の斜面には、かなり深い石組井戸が作られている。一人で訪れるには危険すぎる山城。

鎌掛城<基本データ>
●名称:鎌掛城 (かいがけじょう)
●所在:滋賀県蒲生郡 (マップ)
●築主:蒲生秀行 / 蒲生秀紀
●築城:文亀二年(1502) / 大永三年(1523)頃
●遺構:土塁、堀切、井戸、曲輪


<訪問記>

kaikake-5094正面の山が「鎌掛城」のある山。かつての旧中山道の碓氷峠のような、登りが実に大変そうな印象。ちなみに鎌掛は「かまがけ」ではなく「かいがけ」と呼ぶ。このあたりの地名だ(日野町鎌掛)。

kaikake-5099sでは山城へ登ろう。山麓には「山屋敷」と呼ばれる削平地が残る。ここは史料によると天正期に蒲生氏郷に家督を譲った蒲生賢秀が隠居した地として知られる。山屋敷跡の中央部になぜか「主郭」という看板が建っている。山屋敷跡には土塁や横堀が幾つか残るので、少し歩いてみよう。

kaikake-5100土塁に囲まれた屋敷跡。虎口のように折り曲げたりしている。

kaikake-5102屋敷跡に残る土塁。土塁の向こう側には堀切が残る。

kaikake-5105s土塁の上に登ってみる。反対側には、土塁と並行に掘られた横堀があった。

kaikake-5107横堀の中から土塁を見上げる。なかなかの高さだ。屋敷があった当時は土塁の上に塀を建てて堅固な作りにしていたのだろう。

kaikake-5103屋敷跡をウロウロしていると「伝大手道」と書かれた看板を発見。矢印が書いてある先に、つづら折れになっている登山道が見えたので、それが大手道だと思われる。資料によると途中で崩落しているとのこと。

kaikake-5115ということで、登城はこの尾根道をまっすぐ(ほぼ直登)登ることとする。ずっとこんな感じで斜面が続き、最後に(最初に見たとおり)急岩を登ることになる。

kaikake-5118尾根筋に沿ってどんどん登っていく。

kaikake-5122右側が断崖絶壁になった。落ちたらひどい目に合うので、足元はかなり用心しながら登ろう。

kaikake-5124山麓を見下ろす。もう結構な高さに登ってきたようだ。今は「鎌掛の屏風岩」の少し斜め下あたりにいる。ちなみに屏風岩は前方に見えるが、危ないのであまり見ていない。屏風岩自体は山麓(のハイキング道らしき場所)からよく見えるらしい。

kaikake-5126地面にゴツゴツした岩肌が見えてきた。まず最初の難関、岩場が露出したところ。前方の木の奥に見えている部分がそうだ。向かって左の方に、岩場の隙間を登ることが出来る場所があるので、そこから登ろう。

kaikake-5127岩場の隙間。ここを登る。かなり角度があるので、木や岩に掴まりながら登って行くが、意外と脆い箇所もあるので、本当に注意しよう。

kaikake-5128岩場を超えると、また坂道が続く。尾根道の左右は急斜面。

kaikake-5131土塁というか岩場を削った石塁とでも言うべきか、尾根筋の凹凸がある。城の防衛施設だったのだろうか。

kaikake-5137そして最後の難関、山頂の急岩へ。先ほどの岩と異なり、登り易く削ったような場所は特になく、向かって右側の岩場を直接登る形になる。持つところも少なく、かなり危険。一人で登るのは万一の場合にどうしようもなくなるので、やめておこう。

kaikake-5140a-5144あまりのロッククライミングに、岩場自体の写真無し。そして、登り切った山頂からの眺望が、これ。ダム湖が見える。よくこんなところに山城を築いたものだ。まさに難攻不落。私が攻め手なら、攻めるのは諦めてもう所領安堵と言い渡す。

kaikake-5143登り切ったところからが城内になっているようで、周囲には明らかに土塁が築かれていた。ただしあまり整備されておらず木が生い茂っているので、写真では分かり辛い。

kaikake-5145曲輪の周囲に築かれた土塁。あの急斜面や岩場を登ってくる最中に、この土塁の上から弓矢を射掛けられたら、たまったものではない。まさに難攻不落。ちなみに鎌掛城は攻め落ちはしなかったが、蒲生家内の内紛により城主(蒲生秀紀)が毒殺され、山上の方は廃城となった模様。山麓の山屋敷は蒲生家が松坂へ転封となった際に廃城となったとされている。

kaikake-5147奥の主郭へ。かなり広い。

kaikake-5148a-5163主郭には周囲に土塁が築かれているだけでなく、虎口や、主郭内にも仕切るような土塁が多く築かれていて、複雑な形をしていたのが印象的だった。

kaikake-5150主郭の土塁と、隣の虎口へ向かうための虎口と思われる土塁の切れ目。

kaikake-5157土塁と並行して掘られた横堀。堀切道か。この奥に曲輪群が続いている。

kaikake-5168奥は急斜面になっている。道がつづら折れに作られているので、すべらないように降りていく。

kaikake-5171斜面の下に、ぽっかりを穴を開けた大井戸が残る。

kaikake-5173なんと井戸の中は石積みで固定されていた。だからこれだけ時間が経っても埋もれないのだろうか。苔むしまくりで石が緑色になっている。

kaikake-5176中を覗いてみる。かなり深い。落ちたら自力で登ることは、かなり難しいだろう。かなり恐る恐る、へっぴり腰で覗きこんでみた。

kaikake-5177井戸の周囲を回りながら見てみると、全ての面に於いて石積みが現存していた。

kaikake-5186急斜面とその下に口を開く大井戸。足を滑らせて斜面を転がったら、もれなく井戸にハマるような位置に存在している。ホールインワン井戸。これは、怖い。

kaikake-5188井戸の更に奥へ。こちらも土塁と堀切道で構成された曲輪だ。

kaikake-5192奥の方には虎口と思われる場所もあった。縄張図を見ると、ここから山麓の「伝大手道」へ繋がっているようにも見えたが、未確認。

kaikake-5203井戸まで戻って、反対側の曲輪へ。ここは作りが浅いが、ここから屏風岩と反対側の山麓へ降りる事ができる道があった。看板等何もなく、非常に分かり辛いが、ビニールテープが付けてあるところを降りる。

kaikake-5207山麓へ降りると、ここに出る。橋の向こうの右側の草むらから出てきた。ここから降りてくるのは良いが、ここから登るのは目印がなさ過ぎてかなり難易度が高いと言わざるをえない。

日野の山城の中では著名な方の鎌掛城だが、実際はこの通りかなりの難易度かつ案内等も少なく、詳しい人あるいは多人数で訪問すべき山城と言える。無理は禁物。

訪問時期:2015年12月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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