佐久良城 : 近江小倉氏の本城、中世山城(居館)跡。

近江日野地区に残る中世山城「佐久良城 (さくらじょう)」は、蒲生氏と並んで東近江を領した近江小倉氏の本城で、比高40mほどの丘陵上にあり、普段住まいの場所として「下の城山」と呼ばれていた。15世紀後半頃(応仁年間)には既に築かれていたが、戦国初期に起こった家中の争いで城主だった小倉實隆が戦死し、この後しばらくして廃城となったと考えられている。主郭は高い土塁と隅櫓、そして深い堀切が守っており、巨大な貯水池や石垣の断片など、全域に遺構が良好に残る。

佐久良城<基本データ>
●名称:佐久良城
●所在:滋賀県蒲生郡 (マップ)
●築主:近江小倉氏
●築城:15世紀頃
●遺構:堀切、土塁、土橋、石積み等


<訪問記>

hinosakura-4854佐久良城 入口前。「佐久良城跡」と書かれた石碑と、「佐久良古城址」という巨大な説明板がある。

hinosakura-4855「佐久良城跡」石碑。

hinosakura-4857「佐久良古城址」巨大説明板。近江小倉氏の本城。

hinosakura-4859a-4862佐久良城跡への登城路は、先ほどの看板の向かって右側の奥にある。

hinosakura-4861登城口の脇には、縄張図や説明シートの入った小さなボックスあり。

hinosakura-4866では、佐久良城跡への登城路を登ろう。標高40mなので、すぐに城跡へたどり着く。

hinosakura-4868しばらく登ると、獣害防止フェンスへ。開けたら閉めよう。

hinosakura-4870フェンスの中に入ると、フェンス沿いにぐるっと回り込む形で奥へと進む。

hinosakura-4873城の近くには佐久良古墳があるが、今回はお城を訪ねているのでスルー。本丸跡と書かれた方向へ進む。

hinosakura-4874本丸へ向かう手前、道の右側斜面に堀切跡や曲輪跡などが残る。大きな堀切の前には「外堀」と書かれた札が掛けられていた。中世山城で外堀という表現は初めて聞いた。

hinosakura-4877本丸外の曲輪外部の空堀。遺構は良好に残っているが、あまりに木々が多くて写真では分かりづらい。肉眼では、立体感が非常によく分かる。

hinosakura-4880では主郭方面へ向かおう。「↑ 堀切」という看板もある。堀切とは、本丸外周に築かれた堀切のことだ。

hinosakura-4881a-4889本丸手前に築かれた土橋。巨大な堀切を渡る道だ。草木が大量に生えているので分かりづらいが、土橋の左右は深い空堀となっている。土橋がかなり長いことから、空堀もかなり深く幅広いことが一見して分かる。

hinosakura-4881b-4893土橋を斜めから。右側の斜面が、主郭周囲の堀切。

hinosakura-4886主郭周囲の堀切を土橋上から見下ろす。写真では分かりづらい。

hinosakura-4887a-4895土橋を主郭側から見返す。

hinosakura-4888土橋を渡って主郭前へ。主郭周りをぐるっと囲む土塁の上も移動できるようだ。主郭奥にある「お馬洗の池」へは、土塁の上を辿って行くルートが公式のようだ。主郭内部に入っても主郭奥に搦手口があるのでお馬洗の池方面へ抜けることは可能(ただし主郭内に看板等は無し)。

hinosakura-4896主郭土塁上に建つ「大手門跡」説明板。

hinosakura-4897「大手門跡」説明板。大手門を入った右側に庭園の跡地があるという。

hinosakura-4897a-4948主郭に入る前に、主郭周囲の土塁上を少し見てみよう。土塁の四隅には、櫓台らしき土盛が残る。

hinosakura-4897b-4955主郭四隅の土塁跡。かなり盛り上がっている。

hinosakura-4897d-4894では主郭へ入ってみよう。主郭前の入口付近には「虎口」と書かれた小さな看板があった。

hinosakura-4898主郭内部。右側に庭園跡がある、ということだったが、枯葉が積もりまくっていたこともあってか、全く分からなかった。

hinosakura-4901その代わり、土塁周囲には幾つかの石積み跡と思われる巨石の石列が見られた。

hinosakura-4902主郭の周囲に残る土塁。かなりの高さの土塁がぐるっと主郭周りを囲んでいる。こちらは隅部。

hinosakura-4903主郭周囲の土塁。

hinosakura-4907主郭周囲の土塁。元々土塁の周りに積まれていた石垣だったのだろうか、結構な大きさの石が転がっている。

hinosakura-4908a-4959主郭内に転がっていた巨石。なんと、矢穴跡がついている。佐久良城跡は時代的に矢穴で石を割る時代の城ではないので、これはその後(戦国末期〜江戸時代)に近隣の城郭へ石垣用石材を加工したが、何かしらの理由で運ばれずここに放置されたのだろう。元々はこれより大きな石材が、佐久良城で石積みとして用いられていたのかもしれない。

hinosakura-4910主郭奥の「搦手口」へ。特に看板等は(主郭内には)無いが、大手門跡と反対側にあるので、見つけやすい。

hinosakura-4910a-4912主郭 搦手門側の虎口。土塁が削られて虎口化していることが分かる。

hinosakura-4910b-4914土塁上には「搦手門の跡」という説明板も立っていた。

hinosakura-4911では主郭奥に残るという「お馬洗の池」へ向かってみよう。道中にはこのような標柱が数多く建っているので、迷わない。

hinosakura-4917どんどん奥へ。

hinosakura-4919sやや広い場所へ着いた。右側へ進むと「竪堀群」、左へ進むと「順路」と書いてあるが、お馬洗の池がある。

hinosakura-4920「お馬洗の池」へ。

hinosakura-4921「お馬洗の池」説明板。馬を洗うような豊富な水が出ることから名付けられたという。実際に馬を洗ったかというと、貴重な水資源なので、恐らくそれはないだろう。

hinosakura-4922お馬洗の池 全景。

hinosakura-4923お馬洗の池 反対側から。よく見ると、池の周囲は石積み等で補強されているようだ。

hinosakura-4932お馬洗の池と、主郭との間には、巨大な堀切と土塁で形成された、まるで立体迷路のようなエリアがある。資料によると本来はこのあたりが登城路だったのではないかという説もあるようだ。

hinosakura-4935主郭方面へ向かう。迷路のような構造。

hinosakura-4937最初に通った主郭の手前の土橋下まで戻ってきた。かなり高い。主郭周囲の堀切はかなり深く掘られていたことがわかる。

hinosakura-4942土橋を上がって、主郭周囲の堀切の反対側へと降りる。土橋周囲には石積み跡と思われる遺構が残っていた。

hinosakura-4943a-4947主郭周囲の堀切下に残る石積み跡と、そこから崩落したと思われる石材。

hinosakura-4945主郭周囲の堀切底から、主郭土塁を見上げる。かなりの高さだ。これは落ちたらなかなか上がれない。

では城跡を出て、山麓に築かれた神社を訪ねてみよう。

hinosakura-4960a-4864佐久良城跡の山麓にある、八幡神社。一の鳥居。

hinosakura-4960b-4865一の鳥居の脇に建つ「佐久良城跡」説明板。

hinosakura-4961a-4967八幡神社 二の鳥居。この上に本殿があるが、注目すべきは恐らく其の周囲の石垣だろう。

hinosakura-4964八幡神社石垣。まるで複雑なパズルのように、様々な形に整えられた石材が、隙間なく積み上げられている。これは佐久良城の廃城後、佐久良城内に残されていた石垣を解体してここに運び積み上げたのか、詳細は分からないが、そう思いたい。

hinosakura-4965a-4963八幡神社 全景。

東近江の雄 小倉氏の居城、佐久良城。かなりマニアックではあるが、日野近隣には多くの中世山城跡が残る。比高も低いので、チャンスが有れば是非訪れてみたい山城だろう。

訪問時期:2015年12月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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