唐津城 [1/3] 城下町に復元された櫓や水堀を見て歩く。

唐津城は江戸初期に外様大名・寺沢広高によって築城された近代平山城で、唐津湾(日本海)と松浦川河口に面した突端の小山上に建つ。すでに太閤秀吉は没しており、北西に位置した名護屋城跡の資材を利活用して築城されたと伝わる。天守台は築かれたが天守があげられた記録は無かったが、昭和41年に天守台の上に鉄筋で模擬天守が建てられた。城の東に伸びる唐津街道沿いには日本三大松原の1つ「虹の松原」がある。城内および城下町エリアには今も石垣が多く残り、堀や櫓などが復元されている。

唐津城<基本データ>
●名称: 唐津城 (Wikipedia)
●所在: 佐賀県唐津市 (マップ)
●築主: 寺沢広高
●築城: 慶長十三年(1608)
●遺構: 石垣、堀、模擬天守、再建櫓門等


<訪問記>

karatsu-1361唐津城散策は、模擬天守の建つ本丸の小山よりも、その周囲に現存あるいは復元された石垣や水堀、櫓群を見て回るところから始める。日本三大松原の1つ「虹の松原」のある東側から歩いて橋を渡ると、橋の上から、唐津湾に浮かぶような小山の上にそびえる天守が目立つ。模擬天守で当時はこのような天守は無かったとされているが(記録が無い)、見事にマッチした姿だ。

karatsu-1362a-1410橋の唐津湾側に移動してみると、更に海に浮かぶ様がよく分かる。小山の海側には今も石垣の岸壁がビッシリ残る。土塀の類は復元だが、石垣は本物という。

karatsu-1365a-1412x城下町(三の丸)エリアはかなり広い。城の前にあった看板をベースに散策地点を絞って移動する。今回は虹の松原のある城東(図の右側)からスタートして、橋を渡って三の丸へ直接向かい、そこから辰巳櫓、肥後堀、模型、時の太鼓、二の丸堀を見て、本丸へ戻ってくるルートをたどる。

karatsu-1367では三の丸の城下町へ。松浦川沿いには石垣と復元土塀が広がり、まさに城下町の様相。

karatsu-1369a-1371船入門。唐津城の船の主要出入口だったとか。

karatsu-1370船入門 説明板。当時の船入部分は埋め立てられ、一部川沿いに石垣が僅かに残る程度。それでも完全に無くなる前にこうして船入門公園として残す取り組みは素晴らしい。

karatsu-1372松浦川に架けられた城内橋へ。当時はこんな橋は無かったが、今はこの橋を回りこまずに直接 三の丸方面へ向かう事ができる。そしてこの橋が、唐津城の遠景を見る絶好のビュースポットになっている。早速わたってみよう。

karatsu-1373橋の上から見返すと、先ほどの船入門跡が見える。ここが船入門だったわけではなく、実際の船入門自体は埋め立てられており、残る石垣は船入門の周囲のごく一部の石垣だ。まあ、雰囲気はつかめる。

karatsu-1374橋の上から船入門公園と反対側を見る。復元された土塀が城下町っぽい雰囲気を醸し出している。土塀の内側は唐津城の駐車場。

karatsu-1375s城内橋の上から唐津城を見る。まさに城へ向かう大手道という様相だが、当時はこの橋は無かった。

karatsu-1377そして橋を渡った先に「唐津城」の立派な石碑とともに「撮影絶景ポイント」がある。

karatsu-1379撮影絶景ポイントから撮った、唐津城。

karatsu-1380では更に城下町へ進んでみよう。橋の向こうに見えるのは三の丸辰巳櫓。

karatsu-1381復元された三の丸辰巳櫓の外観。平屋だ。

karatsu-1383内側へ。残念ながら中には入れないが、一角は公園のようになっており、櫓だけでなく周囲の土塀も復元されている。

karatsu-1384三の丸辰巳櫓 説明板。正保城絵図に掲載された、築城時からあったと想定される初期の櫓だという。平成4年に復元。

karatsu-1385三ノ丸辰巳櫓を別角度で。漆喰の白壁と焼板下見板張りの黒とのコントラストが美しい。

karatsu-1388続いて、こちらは市役所前に復元された「肥後堀」へ。まずは肥後堀 説明板。三の丸と更に外側の外曲輪とを遮る位置に掘られた水堀で、廃城後に埋め立てられていたものの、市役所の前に一部復元したという。ちなみに肥後堀とは普請(土木工事)に協力してくれた大名の領地名だとか。肥後(熊本)と言えば加藤清正か。

karatsu-1388a-1386s復元された肥後堀。当時は幅20mから25mあったということなので、幅はもっと広かったことだろう。それでも街中にこれだけの水堀を「復元」させたのはすごいと思う。石垣は現存だろうか?

karatsu-1388b-1387肥後堀の隅っこには小さな櫓も復元されていた。堀の底をよくみると青く見えるようにするためか、土ではなく何かで固めてあるような印象を受けた。

karatsu-1388c-1390市役所の入り口部分(橋)には「肥後堀」の石碑と、その奥には櫓台らしき立派な石垣。正保城絵図を見ると、肥後堀には幾つもの櫓が描かれているので、そのうちの一つだろう。この向こうは三の丸、侍屋敷が並んでいた。

karatsu-1389s市役所の入り口。超巨大な冠木門。巨大すぎて柱が細く見えてしまっている。

karatsu-1392s続いて「唐津市民会館」へ。ここには会館前に巨大な唐津城ジオラマがある。ちらっと見ていこう。

karatsu-1393a-1396唐津市民会館前の唐津城ジオラマ。雨ざらしになる位置なのでそれほど細かく作りこまれてはいないが、雰囲気は分かる。

karatsu-1393s本丸部分アップ。天守は無かったと考えられているが、何故か模型には立派な五層天守がそびえている。うーん。

karatsu-1394ジオラマの周囲には様々な古絵図とともに説明パネルが埋め込まれていた。まずは肥前国唐津城絵図。左は江戸初期に描かれた、いわゆる正保城絵図だ。

karatsu-1395肥前国唐津城址 説明パネル。何故か正保城絵図の角度違いの絵がまた掲載されている。

karatsu-1397肥前国唐津城址模型 説明パネル。またまた正保城絵図の北を上にした図だ。ジオラマは5.5m x 4.2mの巨大さ。城郭の形などは城絵図ベースだが、建物は整備計画ベース、つまり現在見られる模擬天守を中心としたもののようだ。

karatsu-1400市民会館の奥にある唐津神社 一の鳥居。唐津城時代は三の丸に位置し、歴代唐津藩主の祈願所とされていた。

>> 唐津城 [2/3] へ続く。<<

訪問時期:2014年10月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm + FISHEYE 8mm
– – – – – – – –
ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ(^-^)

投票するのも、順位を見るのも、上↑のアイコンを押してね!
ページの一番上に戻る

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中