唐津城 [3/3] かつての城主も見ていない模擬天守からの眺望を楽しむ

唐津城前回までの唐津城訪問記。

三の丸〜二の丸に残る、あるいは再建された櫓や水堀などを見てから、本丸へ。独特の乱積み石垣を見ながら長い石段を登って本丸中段へ。唐津城では平成30年度まで順次本丸石垣の積み直し工事中で、訪問時はなんと天守台の石垣積み直し工事をしており、天守台の周りは鉄骨で覆われていた(天守台の工事は平成26年度末までで完了済)。


<訪問記>

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では本丸中段から上段へと上がろう。Part2で見たように訪問時(H26.10頃)は天守台石垣の積み直し工事中で天守台付近がまったく立ち入り禁止だったため、この櫓門側からしか登れなかった。本来は天守の向こう側にもう1つ登り口があるようだ。

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石段を上がって本丸上段へと続く櫓門へ。

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本丸上段の石垣。打込ハギ乱積み。左上の方は崩れている?

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本丸上段へと続く櫓門へ。こちらももちろん再建、模擬天守が建てられた昭和41年に一緒に造られたそうだ。この城門についてはあまり情報がなく「再建」としか書かれていなかった。どこまで当時の姿を再現したのか等、不明。復興櫓門という表記も見たので、城門がかつてあった場所に想像の姿で建てたもの、が正解かもしれない。

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唐津城 本丸上段。中央付近に巨大な石碑「唐津城址」が立つ。

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では模擬天守へ。。。と思ったら天守前はこの迷路状態。天守台石垣工事中のため、致し方無し。天守自体が立ち入り禁止になっていないだけ良しとしよう。

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唐津城 模擬天守。模擬天守とは、そもそも天守が無かった城や無かった場所などに想像の産物を建てた、いわゆる「なんちゃってお城」。鉄筋コンクリート造の天守があちこちに建てられた昭和中後期に多い。唐津城にも天守台は築かれたが天守そのものは上げられなかったというのが定説となっている(天守が建っていた物証も古文書の類も一切残っていないため)。

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石垣の修復工事に関するパネル。はらみ、歪みがひどかったため、天守台に限らず本丸全域の石垣を積み直し工事するそうだ。平成20年度から30年度にかけての長期プロジェクト。そして天守台石垣については、弘前城で有名な「曳家」を行うのではなく、模擬天守を上に載せたまま補強工架台を設置し石垣を積み直す方法を取ったようだ。模擬だからこその方法か。

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小天守? 模擬天守の横に多聞櫓でつながった小さな櫓があった。脇に埋門のような入口あり、ここが先ほどの再建城門ともう1つの本丸上段への入口かもしれない。

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では模擬天守内へ。入口の前に高い木材が建てられている。

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「旗竿石」説明板。元々は名護屋城跡にあったもので、集結した各大名たちの軍旗等を掲揚するための穴が設けられた巨石。名護屋城跡の資材を再利用して建てられた唐津城ならではの遺構だ。しかし移してしまったが故に、どこにあった誰が造った旗竿石かなどは不明。

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巨石に開けられた穴には木が建てられている。倒れないようにガチガチに固められているが当時は立てっぱなし?それだと不安定だろうからある程度はこのように木で組んで固めていたことだろうか。

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では模擬天守内へ。中は5階建ての資料館(5階は展望台)になっている。入口にあった唐津城ゆるキャラ「唐ワンくん」と「舞ヅルくん」。うーん。

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唐津藩最後の城主、小笠原家に伝わる兜。説明パネルには幕末期の老中 小笠原長行(城主の長男)の兜で、なんと第二次長州征討の際に長行が実際に被ったもの、とある。

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同じく小笠原家に伝わる木製の鞍(くら)。小笠原家 二代目城主 小笠原長泰も実際に愛用したとか。

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「南蛮大砲」と名づけられた鉄製の巨大砲筒。廃城時、本丸に残されていた砲筒で、17世紀にポルトガル船を攻撃した際のものだとする言い伝えもあるが恐らく江戸時代のフィクションだろうとのこと。砲筒に鋳出されている竜の紋章が英国の古い貴族のものと分かり、英国の東インド会社に関連するものではとされているが、なぜこれがそもそも唐津の地にあるのか等は不明だそうだ。

karatsu-1456a-1480天守内にあった城下町のジオラマ。奥が武家屋敷で手前が町民の家っぽいので、三ノ丸と外曲輪とを隔てた肥後堀(現 市役所)あたりか。それより、何故かスケールが異なる巨大人形が2体ほど唐突に置かれているのと、天守は当時なかったなかったと言いつつ結局背景に描かれているのが気になる。

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他にもいろいろ展示してあったが詳細は現地にて。模擬天守の模型もあったがそもそも模擬なのであまり意味がない。では最上階の展望台へ。海沿いの小山の上に五階建てで建てられているので眺望はかなり良いだろう。

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まずは東方面。左端は日本海、右は松浦川。城と東の半島とを隔てる川は築城時に人工的に掘られたものだとか。奥の方に「虹ノ松原」の広大な緑地が見える。今回は時間の都合で松原自体には未訪問。しかしどうせ模擬なのだから無粋な鉄網はつけず、赤い欄干自体を大きめに作ればよかったのではないだろうか、などと思わざるを得ない構造。

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模擬天守5階から超広角で見る東(虹ノ松原方面)の眺望。すばらしい。しかし唐津の殿様はこの眺望は見ていない。

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模擬天守5階から超広角で見るシリーズその2、北(唐津湾-日本海 方面)。唐津湾には離島が多くあるようだ。左奥に見える陸地の奥にかつて「名護屋城」があった。その奥に壱岐島があるのだが、そこまでは見えず。

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では模擬天守を降りて本丸を少し散策。本丸奥から模擬天守の姿を見ようと下がってみたら、木が邪魔してまったく見えず。秋も終わりかけだから枝の隙間からかろうじて見えるも、夏場は生い茂ってまったく見えないことだろう。

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そして衝撃の事実。なんと、二の丸(本丸下)から本丸上段まで、100円のエレベータが設置されていた。売店の横(右の建物が売店)。

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本丸上段から少し身を乗り出して周囲の石垣を見る。道もあるようで、ぐるっと回って石垣を見てみたかったが工事中ということもあってどこまで入れるのか分かりづらく、今回は断念。

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本丸の一番奥まで行って模擬天守を眺めようとトライしてみたが、、、やはり木々がいっぱい。残念。

海沿いの小山に白亜の模擬天守がそびえる唐津城。石垣の修復工事が終わったら、名護屋城跡のついでに寄ってみるのもいいかも。模擬天守よりも、積極的に復元が進む城下町の散策をお忘れなく!

訪問時期:2014年10月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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