唐津城 [2/3] 本丸石垣は平成30年度まで順次積み直し工事中。

唐津城前回までの唐津城訪問記。

まずは三の丸方面を散策。船入門跡、辰巳櫓、肥後堀、市民会館前に設置されている巨大ジオラマを見て回る。Part2では時の太鼓を見て本丸方面へ向かいます。


<訪問記>

karatsu-1401唐津神社から東へ、時の太鼓を向かう。途中に土塀と長屋門に囲まれた屋敷を発見。どうやら「埋門ノ館」という文化活動のための市の施設のようだ。見学は無料のようだが、早朝訪問だったため閉門中だった。

karatsu-1402埋門ノ館から少し東へ進むと「二の門」交差点のところに櫓が見えてくる。土塀に沿って奥へ行くと中に入ることができる。

karatsu-1402a-1405こちらが入り口。公園なのだが、冠木門と土塀が建てられている。

karatsu-1403公園内に設置されているのは「時の太鼓」と呼ばれる、いわゆる時刻を城下町に知らせる設備だ。もちろん復元。

karatsu-1404時の太鼓 説明板。土井氏時代にこの地に時鐘が置かれ、水野氏時代に「時之太鼓」と名づけられたという。当時は人が登って時刻に合わせて太鼓を叩いたり鐘を鳴らしたりしていたのだろうが、現在はからくり時計となっていて、毎時0分に太鼓の音とともに中から武士人形と大太鼓がせり出してくるという。見てみたかった。

karatsu-1407時の太鼓から少し東へ進むと道を隔てる巨大な水堀があらわれる。二の丸と三の丸を隔てる「二ノ門堀」だ。二ノ門と呼ばれる枡形を持つ巨大な城門が、堀を渡る橋のところに建っていた。

karatsu-1407a-1406二ノ門堀 説明板。元々この水堀は旧川筋を堀化したものだとか。

karatsu-1408a-1369x三の丸をぐるっと一周して、二の丸まで戻ってきた。ここが登城口となる。小山の上が本丸、その下が二の丸だ。二の丸御殿が建っていた場所(写真左)は現在中学・高校になっており、御殿を取り囲んでいた石垣が今も残っている。

karatsu-1416二の丸御殿跡に建つ、中学校と高校。佐賀出身の維新志士だった大隈重信の設立した早稲田大学付属の学校だとか。

karatsu-1417a-1419石垣をよく見ていると、一部埋めたような場所があった。元々はここに埋門か何かがあったのだろう、学校にした際に石を詰めて封鎖したのだろうか。

karatsu-1417b-1420登城口にはたくさんの説明板などが建つ。まずは 唐津城 説明板。

karatsu-1418唐津城下町絵図。江戸末期小笠原氏時代の様子。海の周り、堀の周りを石垣が囲い、まさに要塞と言った様相。

karatsu-1420a-1409巨石に埋め込まれた、歴代城主年表のパネル。読みづらい。

karatsu-1421本丸部分を分かりやすく描いた案内図。唐津城の別名「舞鶴城」にちなみ、舞鶴公園と呼ばれている。天守のあるあたりはかなりの高石垣のように描かれている。

karatsu-1423では二の丸から本丸中段までの階段を上ろう。ひたすら延々と石段が続く。左右には石垣が築かれている。

karatsu-1425当時は右側にずらりと番所などが並んでいたのだろうか。石垣で段曲輪的な平らな場所がいくつも作られていた。

karatsu-1426s石段の右側に作られた段曲輪的なスペースのうち、最も広かった場所。見張りのための番所あるいは櫓のようなものがあった場所だろうか。

karatsu-1427s中段部に近づくと、左側が石垣となる。石垣の上は中段部だ。石段も折れ曲がり、近代城郭らしさが出てくる。折れ曲がりの部分に櫓門等が建っていただろう。

karatsu-1430s本丸中段へ続く、食い違い虎口。

karatsu-1431唐津城本丸中段の石垣。表面を綺麗に叩いて整えられた石が、縦横無尽に積み上げられた印象を与えられる。独特の雰囲気を持つ石垣だ。打込ハギ乱積み。

karatsu-1432a-1496巨大な城門が道を塞いであろう跡。巨大な礎石。表面が綺麗すぎるのが少し気になる。

karatsu-1432b-1498本丸中段の石垣。ちょうど斜めに生えている木の左右で、石垣の積み方も石材も異なることが分かる。普請を担当した人が異なるのか、あとで増築された場所なのか、修理等によるものなのか、詳細は不明。

karatsu-1433石段を登り切る。ここが本丸中段にあたる。巨大な藤棚が築かれており、地下のような感じ。藤棚の季節に来ると完全に天井が覆われているだろう。

karatsu-1434藤棚の巨大な幹と複雑に伸びる枝。左へ進むとすぐに本丸上段へ通じる石段および城門が見えてくる。

karatsu-1435藤棚を左へ。なんと、訪問時は天守台の石垣工事中(!)のため、このような有様だった。残念! 天守は鉄筋の模擬天守ということもあり、弘前城のように曳家などはせず、天守を載せたまま石垣だけを取り外して積み直すらしい。中段部分のここから先は残念ながら立ち入り禁止。石垣が完全に足場に隠されてまったく見えず。本丸上段および模擬天守内には入ることはできる。

karatsu-1436立ち入り禁止エリアのギリギリ前まで行って激写。鉄骨の隙間から石垣が見える。工事に関する詳細説明は、本丸上段にあった。それによると、天守台石垣は平成26年度までで終了(訪問時はまさに終わりかけだった。残念)、平成27年度から30年度にかけて、これから登る櫓門側の石垣積み直し工事が始まるそうだ。

では、櫓門を通って本丸上段および模擬天守内へ向かおう。

>> 唐津城 [3/3] へ続く。<<

訪問時期:2014年10月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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