若桜鬼ヶ城 [2/5] 枡形虎口や本丸正面など圧巻の石垣が残る主要部へ

若桜鬼ヶ城前回までの若桜鬼ヶ城 訪問記。

グラウンド奥にある八幡山登城口より登城開始。途中、中世山城時代の土塁・堀切遺構などを見ながら、急坂をのぼること約35分。三ノ丸の石垣前まで到達した。いよいよ城内へ。


<訪問記>

九合目、三ノ丸周囲の石垣前よりスタート。

wakasa-onigajo-0648三ノ丸石垣前にも動物避けの柵が設置されている。中へ。このあたりは木々が伐採されていて眺望がよく見える。上にあがるまえに眺望を見てみよう。

wakasa-onigajo-0649九合目、三ノ丸石垣前からの眺望。標高452m、頂上ではないが、かなりあがってきたことが分かる。快晴だったら実に気持ちの良い瞬間だっただろう。

wakasa-onigajo-0652では三ノ丸石垣の脇を通って、いよいよ城内へ入ろう。両側に石積みがある道のようにも一見おもえるが、右側は三ノ丸の石垣、左側は右の三ノ丸石垣の上部が崩れて落ちた石か。

wakasa-onigajo-0652a-0849一番奥まで来た。算木積みのようなテクニカルな積み方はまだなされていないが、ちゃんと90度曲がるカタチでしっかり道が曲げられている。

wakasa-onigajo-0653道にそって中へ。再度道が曲がり、見事な桝形虎口が形成されている。攻め手は、ここまで来ると、周囲の石垣の上に潜む籠城方から石に矢に鉄砲にと集中攻撃を受けたことだろう。枡形虎口とは、死の間。

wakasa-onigajo-0655枡形虎口から中へ。ここは城内最初の曲輪となる「三ノ丸」にあたる。本丸方面はまた道が折れ曲がって反対側になる。正面奥の眺望および看板を見に行ってみよう。

wakasa-onigajo-0658「三ノ丸(広場)」説明板。枡形虎口は先程見た三ノ丸枡形だけでなく、あと2箇所あるそうだ。城の北端にあたり、眼下には城下町が一望、町には当時の石垣など城下町の遺構が各所に残されているという。

wakasa-onigajo-0659三ノ丸から見た若桜城下町の眺望。

wakasa-onigajo-0660三ノ丸 全景。左の石垣部分が先ほど通って来た桝形虎口。右奥の一段上が二ノ丸だ。

wakasa-onigajo-0661三ノ丸 枡形虎口を見てみよう。向かって右側、内側の石垣がよく残っている。この上には当時、敵からの攻撃を防ぎつつ攻撃が可能な、銃眼を持つ木盾や、狭間のある壁などが築かれていたことだろう。

wakasa-onigajo-0661a-0663三ノ丸 枡形虎口の内側の石垣アップ。すごい迫力だ。

wakasa-onigajo-0662では枡形の横を通り抜けて、二ノ丸へ向かおう。奥に見える段差の上が二ノ丸。その手前、右側にも石垣が見える。ここも三ノ丸の周囲を囲んでいた石垣の一部が残っているのだろう。一見 虎口のようにも見えたが外には続いておらず、違った。

wakasa-onigajo-0663a-0665三ノ丸と二ノ丸の間あたりから、三ノ丸 全景を見返す。

wakasa-onigajo-0664では一段あがって、二ノ丸へ。右側に見える建物は、登山者名簿などが置いてある小屋。

wakasa-onigajo-0668二ノ丸中央部。説明板と、城跡碑が見える。奥の石垣の上が、本丸となる。

wakasa-onigajo-0669「二ノ丸」説明板。発掘調査にて、秀吉の因幡攻略後に入城した木下氏・山崎氏時代の家紋入り瓦や陶磁器などが出土している。また一国一城令で廃城となった際、石垣の破壊が行われており、天守台や虎口などの中心的設備と、山麓から確認しやすい目立つ場所が大きく破壊されているという。逆に言うと、山麓から見えない城下町とは反対側の石垣はよく残っている(可能性がある)ということだろう。

wakasa-onigajo-0671二ノ丸の、本丸石垣前に建つ立派な城跡碑。以前はここに木製の史跡板があったが、平成22年にこの立派な史跡碑が建てられた。若桜鬼ヶ城 随一の記念写真スポットだろう。

wakasa-onigajo-0678城跡碑と本丸石垣の全景。史跡碑の裏にある石列は、石列ではなく、奥の本丸石垣を破城で崩して捨てた石だろうか。

wakasa-onigajo-0681二ノ丸から見た本丸全景、別角度から。この正面の大木の麓に本丸へあがる石段(の跡)がある。

wakasa-onigajo-0683では本丸へ向かおう。先ほど見た大木の麓の石段跡から、本丸へ上がる。この壊されっぷり。

wakasa-onigajo-0684本丸石垣。石段あたりから横を見て撮影。今は草に覆われているが、当時はずらりとまっすぐに積み上げられたまさに堅固な城壁だったのだろう。

wakasa-onigajo-0686石段をあがって、本丸の入口虎口までやってきた。ここも主要部分ということで盛大に壊されているが、立派な門が建っていた雰囲気は分かる(鬼ヶ城が現存した頃の絵図は残っていないため詳細な城内状況は不明)。

wakasa-onigajo-0686a-0689本丸虎口から、二ノ丸を見下ろす。当時は坂道ではなく、石段だったのかもしれない。安土城のようにここを掘ったら立派な石段が出てくるかも?詳細な発掘調査が待たれる。

wakasa-onigajo-0687では、本丸へ。ここまでが虎口だったのか、正面右側に低い石積みが見られる。

wakasa-onigajo-0690虎口の左側を見ると瓦の破片が散乱していた。

wakasa-onigajo-0691本丸と、奥に見えるのは天守台。遠目で見ても、豪快に壊されていることが分かる。

wakasa-onigajo-0692「本丸及び天守台」説明板。山崎氏時代の檜扇家紋入りの軒平瓦や鯱瓦の一部が出土したという。またこの地点からの眺望は、今まで見てきた若桜城下町方面ではなく、但馬および播磨へ抜ける街道の分岐点がよく見える場所でもあるという。どちからから敵が攻めてきたらすぐに分かる絶好の場所だ。

wakasa-onigajo-0693上の説明板のちょうど裏側あたりから見た眺望。写真にあったとおり、但馬方面(左側)と播磨方面(右側)の街道がはっきりと見える。

wakasa-onigajo-0694二ノ丸にも、破城で出た石垣の残骸が散乱している。ここにあるということは、元は天守台の石垣だったものか。奥が天守台。

Part3では天守台、そして更に奥の馬場方面へ向かいます。

>> 若桜鬼ヶ城 [3/5] へ続く。<<

訪問時期:2015年9月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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