但馬朝倉城 : 越前朝倉氏 発祥の地は360°の眺望が楽しめる”村の城”。

但馬朝倉城は、北近江の浅井氏と組んであの信長と戦った越前朝倉氏の発祥の地と伝わり、朝倉城・朝倉比丘尼城・朝倉向山城の3つの城 “朝倉三城” に囲まれた小さな集落の中心に位置する。山頂部はよく整備され、小山とは言え360°の眺望が楽しめる。遥か西方には但馬八木城も見える。朝倉氏はここ朝倉の地にて平安時代に興り、鎌倉時代に築城、建武期に越前へ移住したと伝わる。城跡の麓には室町時代の宝篋印塔が残る。土塁に堀切の土ベースのこじんまりとした城だ。

但馬朝倉城

<基本データ>
●名称: 但馬朝倉城 (Wikipedia)
●所在: 兵庫県養父市 (マップ)
●築主: 朝倉信高
●築城: 鎌倉時代
●遺構: 曲輪跡、土塁、堀切


<訪問記>

asakura_jo-map(神戸新聞総合出版センター「ひょうごの城 新版」p.351 より引用)

但馬朝倉城の縄張図。標高150mほどの小山に建つ100m四方ぐらいの小さな城跡だ。登城口からの道は図の右上の点線にあたり、堀切(現地では分かりづらい)を越えて主郭へ到達する。ちなみにこの図には描かれていないが、主郭南方の尾根上にも、堀切や土塁が残る細長い曲輪が見られる(主郭からも見える)。今回はそちらにも訪れてみた。

asakura_jo-2488a-2490朝倉三城が残る集落、養父市八鹿町朝倉、へ。集落の入口に史跡案内図がある。集落の中は細く入り組んだ道が多いので必ずこのマップを確認しよう。

asakura_jo-2489地元の有志による「朝倉史跡保存会」が設置している朝倉区史跡マップ。目指す「朝倉城跡」は集落の一番奥にあたる。なお宝篋印塔がある先の細い道は車道ではなく登山道のことなので、車で入れるのは宝篋印塔まで。

asakura_jo-2490a-2494一気に朝倉城跡 登山口へ。登り始める前に周囲を見てみよう。

asakura_jo-2492登山口の前に建つ「越前の大名 朝倉氏発祥の地」説明板。平安時代に興った朝倉氏は鎌倉時代に当城を建て、建武〜室町期に越前の地を与えられて移住するも一部勢力はここ但馬に残り、戦国期(天正)には”朝倉大炊(あさくら おおい)”が当城を改修し守りを固めた、とある。家康にも献上されたという名産品「朝倉山椒」は今に伝わる(近くの道の駅でも売っていた)。

asakura_jo-2493登山口正面に建つ「宝篋印塔」と地蔵堂。

asakura_jo-2494a-2538室町時代の創建と伝わる宝篋印塔。高さ2.3m。野ざらしだが風化もあまりなく、見事に残っている。

asakura_jo-2497では早速登城しよう。しばらくは緩やかな山道。山頂までは比高70mほど。

asakura_jo-2498害獣避けの鉄扉を越えて城内へ。開けたら閉めよう。

asakura_jo-2499柵に沿って右へ進み、回りこむように斜面を上る。

asakura_jo-2501尾根道へ出た。細長い曲輪のようにも見える。

asakura_jo-2503右奥が主郭。斜面に細い山道がつけられている。縄張図によるとこのあたりに堀切があるはずなのだが、よく分からなかった。正面の、少し道が左に折れているあたりか?

asakura_jo-2506すぐに主郭へ到着。主郭周囲は見事に木々が伐採されていて、中央の櫓台上には日本の立ち木がある。この立ち木は山麓や国道からもよく目立ち、よい目印となる。

asakura_jo-2507櫓台の周囲をぐるっと一周してみよう。木々が伐採されていて、眺望がすごそうだ。

asakura_jo-2508主郭から見る、朝倉城 北東方面の眺望。眼下が朝倉集落。右の山が朝倉三城の1つ「朝倉比丘尼城」がある山。もう1つの朝倉三城「朝倉向山城」はここから見ると比丘尼城の奥の山(見えない)のようだ。今回は未訪問。

asakura_jo-2510s主郭櫓台を別角度から。主郭の周囲には土塁も残る。

asakura_jo-2511朝倉城主郭より、北西方面。但馬八木城跡も遠くに見える。中央に見える小山の左奥2つ目、山上が少し平らになっているところか。

asakura_jo-2512a-2514朝倉城 主郭周囲に残る土塁跡。

asakura_jo-2512主郭 北西部を見下ろす。縄張図によると尾根筋を断ち切る小さな堀切と小曲輪があるが、上からでは見えなかった。

asakura_jo-2513主郭 南側を望む。尾根筋に削平地が広がる。縄張図には描いていないが、現場ではどう見ても城跡だ。一城別郭? 朝倉城に関しては当時の絵資料が無いため、詳細不明。

asakura_jo-2522主郭 南側を少し角度を変えて。真下に大きな堀切があるのが分かる。堀切をそのまま降りて上がるのは大変そうなので、堀切の向かって左側から奥へ入り、尾根筋の郭を通って戻ってきて、向かって右側から戻るルートを取ろう。

asakura_jo-2524主郭南側の尾根筋へ向かおう。まずは主郭から降りて、堀切を見る。上から見るよりも下から見たほうが結構深く感じる。

asakura_jo-2526尾根筋に沿って南下。尾根筋にいくつかの堀切が設けられていることが分かる。

asakura_jo-2527結構南まで来た。大きな堀切で尾根筋が分断されていた。ここから尾根筋に入ろう。

asakura_jo-2528主郭南の尾根筋へ。いきなり土塁がお出迎え。

asakura_jo-2531どこまでが遺構かは分かりづらいが、尾根筋内には凸凹が設けられている。

asakura_jo-2532s尾根筋上から主郭方面を見る。奥の小山が主郭。

asakura_jo-2535南の尾根筋、北端から主郭を見る。その間には深い堀切。

asakura_jo-2536主郭と南尾根筋とを分断する堀切。主郭側から。

asakura_jo-2537a-2521主郭へ戻ってきた。おつかれさまでした。

asakura_jo_book地元の「朝倉史跡保存会」の方が作成・配布している冊子。手作りだが内容はかなり気合の入った造りで、朝倉氏の系図に始まり、朝倉三城の概要、縄張図、訪問記、年表などなど、過去の同会発行の会報誌をまとめたような集大成。すばらしい。たまたま帰りに運営の方とお会いして貴重なお話を伺うとともに冊子を頂いた。朝倉史跡保存会ホームページもある。登城前には是非HPで情報を仕入れてから伺いたいところ。

asakura_jo-2540a-2488おまけ:帰りに国道沿いから見た朝倉城跡。中央の山の上、土が露出しているところが主郭。写真では分かりづらいが、肉眼では山頂の二本の立ち木がよく目立っていた。

越前朝倉氏を生んだ但馬朝倉城。朝倉三城とセットで、但馬八木城など近隣の名城跡を尋ねた帰りにサクッと寄ってみては。

訪問時期:2015年3月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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