周山城 [4/4] 土塁と堀切ベースのまさに土の城な”西の城”を散策。

周山城前回までの周山城 訪問記。

主郭外周および主郭西の”小姓丸”(V郭)の石垣が素晴らしい周山城。ジックリ石垣を見倒してから、一転して土ベースとなる”西の城”へと向かう。


<訪問記>

shuzan_map-all周山城 縄張図(全域) 再掲。(吉川弘文館「近畿の名城を歩く 滋賀・京都・奈良編」p.183より引用)

現在は周山城主要部(図の右側)を見終わり、西側(左)の大堀切を越えて、左側の「西の城」へ向かっている。

shuzan-0738主要部を越えて、一路 西へ。またまた尾根道を深く掘り込んだ「堀切」を発見。縄張図で言うところの、主要部のすぐ西にある2つの堀切の西側、か。(1つ目は鉄塔の下の大堀切か)

shuzan-0743周山城 主要部西の堀切。

shuzan-0745結構な深さが掘り込んである。横から回り込めないよう、横は竪堀の様相。

shuzan-0750周山城 主要部西の堀切。

shuzan-0761そこそこの角度の坂をあがると、西の城 南端へ到着。

shuzan-0763坂の上は土塁になっている。

shuzan-0766土塁上に築かれた郭。土塁の右側に入口がある。

shuzan-0767土塁右側の通路から西の城 城内へ。

shuzan-0769ちょっとした広さがある西の城。周山城 主郭ぐらいありそうだ。西の城主要部は更に奥。

shuzan-0770西の城 南端の郭の北側も土塁で壁が造られている。

shuzan-0772西の城 南端郭 北部の土塁。

shuzan-0773細長い尾根道沿いに築かれた郭。ここはボコボコ開けられた穴(武者隠しか、蔀池か)や井戸っぽい場所が見られる。

shuzan-0774郭内の凸凹具合。散策時にハマらないように要注意。

shuzan-0776この郭の北端にはわかりやすい土塁が残る。

shuzan-0777横一列に築かれた土塁。

shuzan-0778西の城 土塁。

shuzan-0779西の城 土塁を横から。

shuzan-0780西の城は更に北へ続いている。縄張図を見るとこの先にも郭があり、虎口空間が残る、とあるが、見に行ったもののどこが虎口跡なのかまったく分からなかった。崩れてしまったのだろうか?

shuzan-0783仕方がないので先ほどの郭の先端にあった土塁を見る。尾根の斜面ギリギリまで築かれた土塁で、ここを越えていくのはなかなか至難の業だっただろう。

西の城はここまで。北端の郭にあると書かれていた虎口跡(北と南の二箇所にあるとか)が分からなかったのが残念。次回訪問時は西の城および主要部の北の郭群を重点的に見に行くとしよう。

では帰り。先ほど見逃した場所を戻りながら見ていくことにする。

shuzan-0797sまずは主郭部北の斜面沿いに残ると言う「井戸跡」。主郭からは降りれなくて、もう一つ西側の郭から斜面を伝って進むようだ。現地にもこのような「井戸跡 石垣跡 →」という看板が立っていたが、これが実に(道が)分かりづらい!

shuzan-0798あちこち見て回った末、このあたりから降りれそうだと判断。よく見ると斜めに進んだ先に落下防止の鉄の柵が設けてある。

shuzan-0799斜面を降りると突き当たりに「井戸跡」発見。周囲には石積み跡のような石がゴロゴロしている。

shuzan-0800主郭北部の斜面に残る井戸跡。井戸の周囲には石で丸く形造られており、今も水が溜まっていた。

shuzan-0801井戸跡の上には石垣の跡。

shuzan-0802戻り中にも見えた、道沿いの石垣。行きは井戸に降りるのに必死だったので見えなかったが、登りはゆっくり見られる。

shuzan-0804主郭北下の井戸跡からの登り道沿いにある、石垣。

shuzan-0805そして、先ほど主郭外周から戻ってきて後回しにした、主郭西側の石積みの登城路跡へ。安土城跡の大手道のような石段だったのだろうか。

shuzan-0805a-0655主郭西側の石段跡。左右に積み上げられていたであろう石垣跡。

shuzan-0805b-0657主郭西側の石段跡。夏場はシダで埋もれるのだろうか。

shuzan-0806 主郭西側の石段跡。右側にも石垣跡が見られる。石段部分はほとんど埋もれてしまっている。発掘調査が期待される。

shuzan-0807主郭西側の石段跡をどんどん上がっていくと、主郭に近づくにつれ、石段らしき部分も見え隠れしてきた。

shuzan-0809主郭西側の石段跡を登り切る。主郭周囲を覆っている土塁もここが切られ、虎口の様相を呈している。

shuzan-0812主郭西虎口から中へ。土塁が主郭周囲を巻いているのがよく分かる。

shuzan-0813主郭周囲の土塁。当時は石垣でぐるっと固定されていたのだろうか。

shuzan-0816主郭周囲の土塁跡。近江の鎌刃城のように全面的な発掘調査が期待される。

shuzan-0820主郭の様子。奥の土塁は天守台跡とされる場所。

shuzan-0820a-0823よく見ると足元には瓦片が散乱していた。恒久的な瓦葺き建造物が建っていたのだろう。

shuzan-0821帰る直前に発見した、主郭の木に貼り付けられた「周山城趾」の手書き看板。

shuzan-0836おまけ:周山城 山麓に残る、屋敷跡(あるいは八津良城跡とも言われる)とされる「八津良神社」。神社境内は完全に「神社」だったが、向かって右奥(東側)に広がる竹林に館跡っぽい場所も見られたが、まったくの未整備で足元も悪く散策は断念した。周山城散策の後に余力があれば訪れてみるのも良いかと。

訪問時期:2015年2月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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周山城 [4/4] 土塁と堀切ベースのまさに土の城な”西の城”を散策。” への2件のフィードバック

  1. こんなマニアックなお城、スゴいです。
    ずうっと行ってみたいとは想ってるのですが、余りに不便で。紀州赤木城も同じように不便だけど行ってみたい城ですね・・・。

    1. 建物も失われ、土塁と石垣だけが山中深くにひっそり残る城跡ですが、歴史的にも有名で、関西のお城ファンではまあまあ著名な城跡です。周山城は訪問記にもある通り、城跡に辿り着くまでが大変(登山が)なのですが、紀州赤木城は大阪からの距離はとまかく、現地まで行ってしまえば山麓からもその威容がよく見える城跡なので、ご興味があるなら、お近くの紀州新宮城や熊野三山などと合わせてゼヒ一度行かれる事をオススメします!

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