周山城 [1/4] 丹波攻略中の明智光秀が総石垣で築城した巨大山城へ。

周山城は丹波攻略を進める織田軍・明智光秀が東丹波の支配拠点として築いた山城で、急峻な山上に巨石を積み上げた総石垣の山城である。織豊期の特徴的な虎口・石垣が見られ、また西方には土塁と堀切が施された中世山城部分も残る。主郭および主郭下の大手道の破壊っぷりから、山崎合戦の後に破城されたと考えられるも、西側の二の郭付近の状態は非常に良い。登城路はかなり急坂で、三の郭直前は油断すれば滑落必至の急斜面を横断しないといけないが、数ある丹波の山城でも訪問必須の名山城だろう。

<基本データ>
●名称: 周山城 [しゅうざんじょう]
●所在: 京都市右京区 (マップ)
●築主: 明智光秀
●築城: 天正七年(1579)
●遺構: 石垣、堀切、土塁、井戸、曲輪跡等


<訪問記>

周山城は主郭部(石垣ベース)と”西の城”(土ベース)に分かれている。今回は西の城にも訪問したが、主郭部の尾根上に伸びる各曲輪群すべてには回っていない(特に北側は全く未踏)。

城の東側(ウッディ京北 側)から登城、城を縦断して西の城へ向かった。時間の関係もあり、主郭部の南部および北部の尾根筋に伸びる部分は未踏。巨大かつ遺構満載の山城だが、現地に図面等が掲載されていないのが残念。吉川弘文館「近畿の名城を歩く 滋賀・京都・奈良編」を参考に登城した。

shuzan-0489

では登城しよう。ウッディ京北という道の駅に車を停め、水等を手配してから、川を渡って商店街を歩き、登城口へ向かう。周山城内は「京都一周トレイル」のコースになっているようで、あちこちで標柱が見られた。これを目印にしても良い(「城山」と書いてある)。周山城址の看板も(殆どが手書きだが)ところどころに設置されていた。写真のところを左折。正面に見える山が周山城跡だ。山頂に見える鉄塔は、西の城と主郭部を遮る巨大堀切の脇に建っている。

shuzan-0490

周山城址 説明板。周山城は京北十景の一つだとか。本能寺の変 (天正十年六月)の10ヶ月前には津田宗及(堺の商人・茶人)と月見と連歌会を開いたという記録も残る。その後丹波は秀吉の所領となり、天正十二年には家康との対立の過程で丹波でも反秀吉の動きが起こり、秀吉自信がここ周山城へ入ったという記録も残る。遺構、歴史ともに一級品の山城だ。

shuzan-0491

住宅街の中を歩く。「周山城址」の看板あり。どんどん山の方へ向かう。

shuzan-0492

住宅街の端っこまで来た。山の方へ伸びる土手を通るよう、城址標柱が示している。

shuzan-0493

当時は石畳の大手道だったのだろうか、石がゴツゴツしている。

shuzan-0495

突き当たりへ。ここからが、本格的な「城山」の登山となる。比高は200m以上、なかなかの急坂なので覚悟して登ろう。

shuzan-0497

ここの階段から登る。この先は、植林された木々の間を縫うように上がっていく。

shuzan-0498

登城路。ほぼ直登の勢い。シダのような草の枯葉がすごいが、トレイルコースで整備してあるのか、道はわかりやすい。

shuzan-0499

登っても登っても坂道は続く。

shuzan-0503

道はつづら折れ。右へ、左へ。空は見えているが、なかなか辿り着かない。

shuzan-0507

時折「周山城址」という標柱もあるが、古くからあるのか、倒れてしまっていたり、字や矢印が消えてしまっているものも少なくない。

shuzan-0510

やっとの思いで尾根道へ到着。急坂はここでおしまい、だがここからも緩やかな登りは続く。矢印の示す左へ進む。ちなみに右へ進むと金網に囲まれた削平地に出るが詳細不明。

shuzan-0518

急峻な斜面を削って造った感がすごい山道。倒木が倒れこんでいることもあるので避けながら進む。

shuzan-0523

再度分かれ道へ。説明板もある。

shuzan-0524

「周山城跡本丸までこの道約500mです」とある。勾配がきつくなります、とある。まだきつくなるのか・・・!

shuzan-0525

先ほどの看板のところを向かって右へ進む。黄色い「NHK」のミニ石碑が目印。

shuzan-0527

実はここに紛らわしい標柱があった。向かって左には上のような「周山城址」の手書き標柱があり、矢印が取れている。てっきりこれを見て左だと思い込み左へ行くと、さんざん登った挙句に行き止まりだった… この標柱、恐らく「→」を指した赤い矢印が一番上についていたんだろうが、それが取れてしまったので、紛らわしくなったのだろう!

shuzan-0536

答えは受かって右が正解。緩やかな道が延々と続く印象。

shuzan-0537

坂の途中にトレイルの看板があった。城山方面にはここからまっすぐ進む(破線)、左に折れて進む(実線)がある。どっちでも行けるのだが、近いのはまっすぐか。急坂っぽいがまっすぐ進もう。

shuzan-0539

礫石がゴロゴロする急斜面を登る。これは石垣の裏の裏込石(栗石)だろうか?斜面には石垣っぽい跡も残る。

shuzan-0543

斜面に残る石垣っぽい残骸。

shuzan-0547

斜面に残る石垣っぽい残骸その2。

shuzan-0548a-0540

急斜面を上まで上がる。NHKの設備があるようだ。登り切ったとこの足元に、小さな「周山城阯」のカワイイ石碑がある。主郭でも何でもないのだが、なぜここ?ちなみにここは、最初の縄張図の一番右端の細長い曲輪の先端にあたる(III郭)。

shuzan-0549

NHK設備を越えて奥へ。中継局みたいな巨大な設備ではなく、家庭用みたいな八木アンテナがぽつんと2つ立つのみ。

shuzan-0552

NHK八木アンテナを越えて奥へ。縄張図にあるとおり、かなり細長い曲輪だ。

shuzan-0553

曲輪の奥には、先ほど左へ曲がる道の入口にあたる虎口跡があった。先へ進む前に少し虎口跡を見てみよう。帰りはここから帰ることとする。

shuzan-0555

III郭の虎口跡。元々は左右に土塁と石積みが築かれていたのだろうが、徹底的に壊されている。

shuzan-0556

III郭の虎口跡の石垣跡。

shuzan-0557

III郭の虎口跡。シダの枯れ葉がスゴイので、掘り返したらそこそこ石垣が出てくるかもしれない。

shuzan-0561

虎口を越えて、II郭へ向かおう。目の前にまたも巨大な坂道がそびえる…

>> 周山城 [2/4] へ続く。<<

訪問時期:2015年2月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm