鎌刃城 [1/4] 滋賀東部の山中に眠る、石垣造りの中世山城跡。

鎌刃城 (かまはじょう) はJR米原駅の東3kmあたりにある中山道・番場宿の南東の山上に位置し、古くから国人領主により整備されていた中世山城。戦国期になると北の浅井氏と南の六角氏の「境目の城」として攻防の地となった。城主は地元国人の堀氏で、元々は浅井方に属していたが、姉川合戦時に織田方に寝返った。その後 堀氏は信長の怒りを買って追放され、その際に鎌刃城も廃城となったという。城の構造は主郭を中心に三方に伸びる尾根上に曲輪を位置し、畝状竪堀や堀切だけでなく、石積みを使った堅固な虎口等を築いていることが特徴的。織豊系以前の石積みの山城跡として、かなり貴重。

<基本データ>
●名称: 鎌刃城
●所在: 滋賀県米原市 (マップ)
●築主: 堀次郎(堀秀村) ?
●築城: 15世紀以前より存在
●遺構: 石垣、曲輪、空堀、畝状竪堀
●関連: -


<訪問記>

山城ということで、まずは縄張図。今回は登山口にあった看板より引用。

kamaha_map-1877鎌刃城 縄張図。左が北、主郭を中心に、北と西と南の3方向の尾根に沿って曲輪が伸びる。登城ルートは北(大手道)と南(青龍滝)がある。今回は滝谷林道から青龍滝を見て城の南(右上)へ入り、城内を見て、北の大堀切から伸びる大手道を逆走して下山するコース。

kamaha-1877登城口(旧中山道沿い)にあった「鎌刃城跡について」説明板。名神高速道路の高架をくぐる道がいくつかあり、「彦根42」が滝谷林道入口、「彦根43」が大手道となる。

kamaha-1878s「鎌刃城跡 ここより3キロ」遠い!上の案内板が建つのはこの看板のそば(クルマが停まってるあたり)。

kamaha-1882名神高速道路の高架をくぐる道のひとつ「彦根42」へ。鎌刃城跡へ続く3つの道の1つ(一番南)となる。動物よけに柵がされているので、開けたら閉めよう。

kamaha-1883高架をくぐって中へ。それまでの宿場町の様相とは一変して、山道となる。

kamaha-1885しばらく道なりに進む。ここは滝谷林道、青龍滝と谷筋へ向かう林道となるので、歩きやすい。

kamaha-1890と思ったら一気に山道へ。矢印の指す方向へ谷沿いに進んで行く。

kamaha-1891道沿いに見える谷筋。畝状竪堀にも見えるが、自然地形か。

kamaha-1893sしばらく進むと、谷を渡るコンクリート製の橋が現れる。この橋を渡って谷の奥へ。

kamaha-1895奥に青龍滝があるからか、かなり整備された道が続く。

kamaha-1900このあたりから奥の山を見ると鎌刃城跡と思われる削平地が遠くに見え隠れしている。夏場は見えないか。

kamaha-1903城の遺構とは関係ない場所だが、林道沿いには土砂崩れ防止のためか、ところどころ石積みが築かれている。こういうのを見ながら登るのも楽しい。

kamaha-1905青龍の滝へ到着。

kamaha-1907山道の上から青龍滝を見下ろす。上の看板のあたりから降りれる模様。

kamaha-1907a-1910鎌刃城に関する看板がひとつ。「(伝)水の手」。この滝は鎌刃城主郭よりも高い位置にあり、ここから導水路を築いて城まで水を引いていたという。川に栓をして水をあふれさせ、そのあふれた水をうまく溝〜木樋に落としこんで、城内までつなげたとか。

kamaha-1908青龍滝の上を通る山道は、崩れないように石積みがされていた。

kamaha-1911青龍滝を越えたら、鎌刃城跡への入口はもうすぐ。この看板が建っているところが、登城口になる。

kamaha-1912城の南端に建つ「国史跡 鎌刃城跡について」説明板。曲輪名や堀切などが細かく書き込まれ過ぎた縄張図は、正直何が何だかよく分からなくなっている(過ぎたるは猶及ばざるが如し)。

kamaha-1913では看板の裏手の山道をあがって、鎌刃城へ向かおう。城跡まで約400mと書いてあるが、それは城跡の入口まで。

kamaha-1914斜面を迂回するように造られた山道を上がっていく。

kamaha-1920しばらく進むと、奥にいかにも人工的な地形が見えてきた!

kamaha-1921城域の南端で尾根を分断する「切通し」。堀切ではなく、尾根を越えて向こう側に抜ける道になっているようだ。門でもあったのだろうか。

kamaha-1924「切通し」看板。鎌刃城内にはこの緑色の小さな看板があちこちに建てられていてわかりやすい。また進む方向が分からなくならないように、矢印で次の道が記されている。

kamaha-1925切通しからは、切通しで尾根を越えて山道を上がる「右」と、尾根の上に上がる「左」がある。今回は右の山道ルートを選択、実は左を通れば尾根上に気づかれた「七つ堀」などが見られたようだ。

kamaha-1925a-1928鎌刃城南端の切通し。全体的に白くなっているのは雨上がり(霧)のため。岩盤を無理やり切り抜いたことが分かる断面。すごい。

kamaha-1926切通を抜けて奥の山道へ。斜面に僅かに造られた道という感じだ。転落防止のロープから下をのぞき込むと結構な高さ。

kamaha-1931斜面に作られた山道を進む。

kamaha-1932尾根を迂回する山道を通ったが、城跡は尾根の上なので、最終的に尾根の上へ上がる。

kamaha-1934階段が作られていてあがりやすい道となっている。あがると主郭の南側の「副郭」へ出るようだ。

kamaha-1936尾根の上、副郭へ到着。青いビニールテープがグルグル巻きにされているのは、恐らく伐採禁止の木を示しているのだろう ← これは「シカよけ」とのコメントを地元の方より頂きました。ありがとうございます!

kamaha-1939副郭の入口にある、堀切。

kamaha-1940副郭の堀切。

kamaha-1942 「副郭」説明板。礎石建物があったと想定されている。南端には巨大な土塁があり、南の防御設備の要だったようだ。見に行ってみよう。

kamaha-1943副郭 と説明板。矢印の方向に進むと主郭へ戻ってしまうので、逆に進む。恐らく尾根道(南)から上がってきた人向けの看板だろう。

Part2では副郭から西方の尾根へ伸びる「西郭」を探索します。

>> 鎌刃城 [2/4] へ続く。<<

訪問時期:2015年3月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ

広告

鎌刃城 [1/4] 滋賀東部の山中に眠る、石垣造りの中世山城跡。” への2件のフィードバック

  1. 木をグルグル巻きにしている青いテープは鹿除けです。
    毎年、区民総出で少しずつ巻いてってます。地元民より^^

    1. いずみさん、貴重なコメントありがとうございます。なんとあのグルグルテープは “シカよけ” でしたか!町の皆さんで巻かれているとのこと、おつかれさまです。本文も修正させていただきます m(. .)m

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中