小堤城山城 [前編] 砂利道とシダの登山道を通って城跡へ。

小堤城山城 (こづつみ しろやま じょう) は野洲市南端にある、石垣を多用した堅固な遺構が残る山城で、地域的に観音寺城主の近江守護・六角氏の家臣・永原氏による築城と考えられている。しかし古文書には明確な記録が残らず、僅かに現れる「永原上下の城」の「上の城」が当城と推定、当時の名称も不明なことから地域名を取って小堤城山と呼ばれる。標高286m、六角氏家臣クラスにしては巨大な城で、甲賀などに向けた六角氏軍団の重要拠点だったと思われる。

小堤城山城<基本データ>
●名称: 小堤城山城
●所在: 滋賀県野洲市 (マップ)
●築主: 永原氏(六角氏家臣)
●築城: 15世紀末頃?
●遺構: 石垣、曲輪、堀切、土塁
●関連: 近江守護六角氏と家臣団の城 一覧


<訪問記>

kozutsumi-9314小堤城山城 縄張図(サンライズ出版「近江の山城ベスト50を歩く」p.127より引用)。

赤線左上より登城、IV郭に説明板・縄張図あり。IV郭・III郭・II郭に石垣多数。またこの本の縄張図には記載されていないが、II郭の右上(北東)に大石垣あり。今回は時間の関係で(日が暮れてきた)主郭 I郭には登らず。いずれ再訪したい。

では登城開始。

kozutsumi-2622小堤城山城は野洲駅の南東の小山にあるのだが、なかなか知っていないと登り口が行きづらい場所にある。この「城山まで1.9km」の看板が唯一の目印だったりする。

kozutsumi-2623上の道を指示通り進むと、やがて「車止め」に到達する。この前にクルマを停めて登城開始。なお立入禁止の様相をしているが、よく読むと入山可能。開けたら閉めよう。

kozutsumi-2625車止めを越えて奥へ。しばらくは砂利が敷かれた車道が続く。

kozutsumi-2630最初の曲がり角へ。手前の木に「城山 吉上寺山」と書かれた看板が付けられている。一見「右側」を指しているように見えるが…

kozutsumi-2631よ〜〜く見ると、「城山 ← → 吉上寺山」だった! 小堤城山城は左。最初この矢印が見えず、どちらも右側かと思い右へ進んでドはまり。

kozutsumi-2632最初のトラップ曲がり角を左へ。しばらく車道を進むと、右側にまた曲がり角が見えてくる。

kozutsumi-2633ここが、小堤城山城への登城口への道。曲がり角に色々設置されている看板等を見てみよう。

kozutsumi-2634「城山まで・・・」と言う看板。・・・のところは恐らく距離が書かれていたのだろうが朽ちて読めず。皮肉にも下の看板は矢印が消えていない。

kozutsumi-2635曲がり角にあった案内看板。ここを右折し、まっすぐ上がると「城跡コース」「尾根コース」の分岐へ。城跡コースを進めば「城山遺跡」へ辿り着くようだ。

kozutsumi-2636では登城口を目指そう。またしばらくは車道。

kozutsumi-2637広場に出たが城とは関係なさそう。よく分からない枯れ木で出来た家風の場所がある。ドアまであるが、屋根は無い。スルーして道なりに奥へ。

kozutsumi-2639また曲がり角があるが、ここからはちゃんと看板がついている。コンクリートで舗装された道を奥へ。

kozutsumi-2641 一見分かりづらいが、この山道が「城山登山口」と書かれている。ここから小堤城山城へ登る。

kozutsumi-2643小堤城山城への登山道はシダ(漢字で書くと「羊歯」「歯朶」)の道。正月に使う「ウラジロ」、浄めの葉。

kozutsumi-2644しばらくシダの道を進むと、最初の案内板にあったとおり「城跡コース」と「尾根コース」の分かれ道へと出た。どちらからでも城跡へたどり着けるが、城跡コースへ。

kozutsumi-2649城跡コースの様相。まっすぐとそれなりに太い道がある。築城当時に整備された山道か。

kozutsumi-2651ところどころ、巨石が置かれている。石積みというほどでも無いが、門的な役割を果たしたのだろうか。

kozutsumi-2652こちらも登山道に横たわる巨石。巨石を避けるように回りこむ山道、自然の食い違い虎口だ。

kozutsumi-2655いよいよ石垣が見えてきた。

kozutsumi-2657最後の大きな坂を登り切ったところが、IV郭に当たる。

kozutsumi-2661IV郭の周囲には低いながら石垣が組み込まれていた。

kozutsumi-2663IV郭へ。立派な広い曲輪だ。真ん中に説明板が建っている。

kozutsumi-2666小堤城山城 説明看板。近江の山城ベスト50記載の縄張図では、ここは「IV郭」だったが、現地設置のこの看板ではここが「主郭」扱いのようだ。史料が無いので当時どう使われていたかはもはや不明。

kozutsumi-2667上の説明板の下に設置された縄張図。確かにここが「主郭」、そして山頂に位置する曲輪は「山頂」と書かれている。またこちらの図には北東部の大石垣が記載されていた。

kozutsumi-2668主郭(IV郭)からは北東部の大堀切を通って、北東部の曲輪群へ向かおう。

>> 小堤城山城 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2014年11月
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