観音寺城 [2/5] 三国丸・楢崎丸など城域北部に残る石垣を見よう

観音寺城跡前回までの観音寺城 訪問記。

参拝者駐車場より登城スタート。伝布施淡路丸でいきなりの石垣群に驚く。北尾根道を散策、大正時代に建てられた「佐佐木城址」碑を見て、大土塁を西へ。

Part2では北尾根沿いの石垣遺構を主に見ていきます。


<訪問記>

kannonji2-2340a-2342北尾根道の終端ちかく、伝馬渕丸の先あたりに、北尾根道(大土塁)の向かって右側の下部に大石垣が残るという。よく見ると虎口的な折れ曲がりの道と、その折れ曲がりの部分に藪に隠れるようにして石垣が見える。この下に降りてみよう。上の写真は、下に降りてから上向きに撮影。坂の上が北尾根道(大土塁)だ。

kannonji2-2341大土塁の下に降りる道沿いには、かつてここが大土塁を超えるための入口だったのだろうか、石垣が形成されている。

kannonji2-2343a-2347石垣に沿って下に降りていく。大土塁から4−5m降りたところに、藪やぶではあるが、削平地がある。そこを大土塁に沿って奥へ進む。

kannonji2-2344削平地の奥に現れる大土塁!隙間から草が生えていて見づらいが、観音寺城跡 最大級の石垣。

kannonji2-2345北尾根道(大土塁)下の大石垣。特に案内板等も無いので見逃さないように注意。

kannonji2-2352北尾根道へ戻る。左側は相変わらず伝◯◯丸が続いているが、ご覧のとおりまったく整備されていないので立ち入りは難しい。地図と見比べて「ここが伝三国丸…かな?」などと言いつつ、尾根道を奥へ進む時間。

kannonji2-2353北尾根道沿いに巨石と大きな石垣が現れる。尾根道はこの石垣を中心にカーブを描いており、見通せないような造りになっている。ここで北尾根道は終わり。伝三国丸あたり。先ほどの巨石が「三国岩」?

kannonji2-2355比較的大きめの石を積み上げた石垣。この上に見張り台的なものが建っていたのだろうか。

kannonji2-2358石垣と巨石群のカーブを越えて先へ。

kannonji2-2364伝沢田丸の三叉路へ。右へ進めば「近江風土記の丘(博物館などがある場所)」へ。まっすぐ進むと観音正寺・本丸跡・桑實寺とある。真っ直ぐ進む。かつてはここに鉄塔が建っていたそうで、古い資料だと鉄塔と書かれている場合もあるとか。なお右側の大木に「大パノラマ ↑」と書かれた看板がつけられているが、木々が生い茂りすぎてまったくパノラマは見えなかった。冬季限定?

kannonji2-2367先ほどの伝沢田丸が最高所にあたり、そこから道は南下し、少し下り坂になる。これは下から上を見た写真。

kannonji2-2369このまま道は観音正寺と本丸跡とを繋ぐ道まで下っていくのだが、その途中に道沿いに巨大な石垣が埋もれている。最初に掲載した縄張図には名前が書かれていないが、別の詳細図には「楢崎」と書かれていた。(前の縄張図的な表現をすれば「伝楢崎丸」か)

kannonji2-2371伝楢崎丸 の石垣。高さはそれほど無いが、奥に長く続く。道はこのまま石垣から離れていくように下るため、途中までしか見られない。

kannonji2-2372伝楢崎丸の石垣。適度な苔むし具合が素敵。

kannonji2-2373伝楢崎丸の石垣。結構気に入ったので何枚も角度を変えて撮ってみた。野面積みではあるが、表面はそこそこ整っている。

kannonji2-2374伝楢崎丸の石垣。割石も結構使われている。

kannonji2-2376伝楢崎丸の石垣に沿うように道が下へ続いている。

kannonji2-2378伝楢崎丸の石垣を少し遠景で。木々が生えているのでこれ以上離れるともう見えなくなるが、当時は下の方からでも堂々とした石垣の壁が見えたことだろう。

kannonji2-2379此処から先はひたすら道を降りていく感じ。

kannonji2-2381結構急な坂道もあるので要注意。

kannonji2-2383この坂道は段曲輪的な場所を縦断する形になっている。各曲輪はご覧のとおり荒れ放題だが、詳細資料を見るとそれぞれに「和田」「高宮」「三雲」など佐々木六角氏の重臣たちの名前が付けられている。

kannonji2-2384段曲輪から伸びる道。ここは「伝和田丸」曲輪。

kannonji2-2387木の階段が設置されている場所もあれば、このように(当時の)石段が作られている場所もあった。

kannonji2-2392段曲輪を縦断する坂道を降りきった。三角点0.4kとあるが、どこに三角点があったのか分からなかった(資料によると伝沢田丸付近にあるとか)。ちなみにこの道は晩秋でこの様相、夏場に来るとまったくもって藪藪で侵入不可能。

kannonji2-2393伝沢田丸から続いていた下り坂の突き当りにあたるこの道は、観音正寺と本丸跡とを結ぶ直線道。左(東)へ進むと観音正寺、右(西)へ進むと本丸跡だ。本丸方面を目指そう。

kannonji2-2396s道沿いには本丸へ辿り着くまでに一度三叉路がある。看板が建っていて、まっすぐ進むと本丸跡、左へ曲がると「屋敷跡」とある。屋敷跡へは本丸奥からでも行けるので、そちらから行こう。

kannonji2-2397ちなみに「屋敷跡」方面への道。倒壊した竹林のようになっていて、斜めに折り重なるように倒れる竹の間を進む形になる。いつもこんな感じなので、本丸側から行ったほうが行きやすい。

kannonji2-2404本丸までの道沿いには、道の脇や斜面の上などいたるところに石垣「の跡」がある。かなり崩壊してしまっているが、当時は全体的に石垣で守られた主要城内路だったと思われる。これは虎口の城壁跡か。

kannonji2-2405本丸直前にも石垣跡と、急斜面を上がっていく道もある。坂の上を指す看板もあるが、チョットこの坂では登る気がしない。まっすぐ進むとすぐ本丸へ到達。

Part3では本丸を経て、周辺に残る屋敷跡へと向かいます。

>> 観音寺城 [3/5] へ続く。<<

訪問時期:2014年11月
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