八王子城 [5/5] 僅かに石垣跡が残るもほぼ土に戻った本丸跡へ

八王子城前回までの八王子城 訪問記。

御主殿跡では殿の道をチラ見。整備復元された御主殿虎口の立派さに驚く。鳥居から登城路へ。段曲輪、金子丸など土ベースの山城跡を登るも、柵門跡下には長い石垣が残っていた。晴れたら新宿まで見えるという眺望エリアを経て、いよいよ八王子城の本丸へ。


<訪問記>

hachioji-1568八王子神社の前から、まずは小宮曲輪へ。比較的新し目の看板があちこちに建っているのでわかりやすい。この坂を上がる。

hachioji-1569枯れ草がすごいが、なんとなく道は分かる。

hachioji-1570小宮曲輪。立派な石垣の土台の上に一対の小さな狛犬がいる。中央にはお堂。

hachioji-1571曲輪の端っこには説明板。

hachioji-1572小宮曲輪 説明板。城主の留守を守る家臣団の一人 狩野一庵が守備していたとも伝わる曲輪だとか。このあたりは江戸期に編纂された軍記物「北条記」や古絵図等に記載の内容に基づいているようだ。

hachioji-1573小宮曲輪から見た眺望。木々が生い茂っていなければ、城下がよく見えそうな感じではある。

hachioji-1575では小宮曲輪から本丸方面へ向かおう。お堂の裏の道をたどっていくのだが、あちこちに指示板が建てられているので迷うことはない。

hachioji-1578小宮曲輪の奥から、一旦降りて、本丸の最高部へと上がっていく。

hachioji-1580三叉路へ。左へ行けば詰城方面、正面の坂道を上がれば本丸だ。

hachioji-1582山の最高部へと道は登っていく。

hachioji-1583部分的に石積みらしき跡も残るが、正直よくわからない。発掘調査はされていないようなので、彫ったら下から石垣が出てくるかもしれないし、もう崩れてしまったのかもしれない。

hachioji-1584本丸へ到着。山の最高部 (標高460m) にあたる本丸は削平されていて、小さな祠と石碑、説明板などが建っている。

hachioji-1586八王子城本丸址 石碑。

hachioji-1588本丸跡 説明板。本丸下にあった八王子神社の横には、八王子城を守っていた横地監物(落城直前に脱出するも逃亡先で自刃)が祀られているとか。

hachioji-1590八王子城 本丸 全景。

hachioji-1593本丸から見下ろした、八王子神社のある「中の曲輪」。後ほど訪れてみよう。

hachioji-1596本丸からもう1つの曲輪である松木曲輪へ行く前に、詰城の看板があったので少し見に行ってみよう。と言っても詰城自体はかなり遠くにあるため、今回はパス。詰城に向かう途中にある本丸用の井戸「坎井(かんせい)」まで見に行こう。

hachioji-1597詰城への道。今までの雰囲気と異なり、急に荒々しくなる。

hachioji-1598こちらが本丸用の井戸「坎井(かんせい)」。当時は掘ったままだっただろうが、現在は手押しポンプが付けられていて、一年を通してほぼ水が枯れることはないという。またこの井戸の真下あたりに石垣跡が残るというのでそこまで見に行こう。

hachioji-1599井戸から直接下に降りる事はできず、少し進んでぐるっと回り込む形になる。高尾・陣場縦走路 方面へ。

hachioji-1601坎井の下へ回り込んだ。割った石が乱雑に積み上げられた小さな石垣というか石積み跡が、草木に埋もれて残っていた。よく見ると石積みの上にももう1段石積みが見える。うーん 微妙。

hachioji-1602石積みの向かい側には、斜面を縦に削りとった巨大な「竪堀(たてぼり)」が築かれていた。

hachioji-1603再度 本丸跡へ戻って、松木曲輪を見に行こう。左端に見えている屋根はトイレ。左奥の土塁の上が松木曲輪だ。ぐるっと回り込む。

hachioji-1604松木曲輪の下側にも小さな腰曲輪的な場所があり、そこに石垣が残っていた。ただ少し綺麗すぎるのと、御主殿跡の石垣と雰囲気がかなり異なるため、近年のものかもしれない。

hachioji-1608上へあがって、松木曲輪へ。幾つかの石碑と、休憩ベンチ、眺望を記した碑などがある。中央は藤棚か。

hachioji-1609松木曲輪 説明板。ここを守っていた氏照家臣 中山勘解由家範は、攻め手の前田利家から降伏開城を提案されるも拒否して北条家への忠節を誓ったという。家範の勇猛ぶりは有名で、その遺児が徳川家に取り立てられ、水戸徳川家の家老にまでなったという。その子孫が、最初に山麓で見た城主 北条氏照公の供養塔を建てたというつながりだ。

hachioji-1610では松木曲輪からの自慢の眺望を見てみよう。バームクーヘンのような眺望説明板の前あたりからが、よく見える。

hachioji-1612松木曲輪からの眺望。個人的には、本丸少し手前の通路沿いからの方が好き。

hachioji-1611眺望説明板の横にあった、八王子城の古絵図の銅板パネル。左上には「慶安元年(=1648年)七月七日見之図 武州八王子古城之図」と記してある。御主殿跡だけでなく、山上にも多くの「石垣」が書かれている。

hachioji-1616松木曲輪 全景。巨大な石碑が2つ並んでいる。

hachioji-1616a-1613石碑の一つ。かなり高いので読めないが、標題はかろうじて「八王子城跡碑」と読めた。

hachioji-1617一周回って戻ってきた。八王子神社。左の小さな祠は、八王子城の戦いの際の城代だった横地監物を祀る横地社。

hachioji-1620横地社の隣には、天狗の石像が建っていた。下の碑には「城山開山二十年紀念」「天狗堂創業十年紀念」「昭和十二年 奉納」などと彫ってあった。天狗堂?

下山。

hachioji-1628最後に、ガイダンス施設と管理棟の間あたりにある、八王子城ジオラマを見ていこう。広い曲輪の真ん中にポツンと置いてある。

hachioji-1629八王子城跡のジオラマと、説明板。

hachioji-1629a-1631説明板アップ。

hachioji-1630八王子城跡 ジオラマ。非常に細かく遺構の札が建ててあるが、細かすぎてよく分からない。

hachioji-8173おまけ)八王子城跡ガイダンス施設で配布しているパンフ群。登山中は右から2番目の白黒の詳細マップが役だった。

訪問時期:2015年3月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中