赤穂城 [8/8] 徹底的に壊された塩屋門から城外へ、菩提寺 花岳寺へ。

赤穂城 訪問記 其の八。

前回 [7/8] までの赤穂城 訪問記。JR播州赤穂駅より赤穂城へ向かう。息継ぎ井戸を経て、三ノ丸大手門へ。三ノ丸の現存長屋門を見て、二ノ丸門跡、往時の姿を取り戻した本丸大手門へ。大手櫓門内部、本丸御殿跡、天守台、厩口門を経て、二ノ丸南部、西仕切門を見て、南沖櫓、潮見櫓から舟入跡へ。大石神社に参拝し、宝物殿を見る。

最終回Part8では大石邸庭園から塩屋門から城外へ出て、花岳寺を散策します。

Link: 赤穂城 訪問記 其の一


<訪問記>

義士木像館の奥にある、大石邸 庭園へ。有料だが、義士宝物殿や木像館とセットで入場できる。

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大石邸 庭園。奥に見える建物は、先ほど表側から見た長屋門だ。

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まずは長屋門へ。中には入れないが、外側からでは門が閉まっていて外観しか見えなかった長屋門の、内部が見える。

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大石邸長屋門、門の内側。主君浅野家は改易されたのに、よく壊されずに残っていたものだと思う。

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長屋門の門扉の前には、早駕籠(複製)があった。御家の一大事を伝えるべく、江戸に居た家臣たちはこれに乗って江戸から赤穂までやってきた!走る方も大変だが、これでは乗っている方も大変だ。

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長屋門の部屋の中は、早駕籠が着いた時の家中の様子を実物大人形で再現している趣向。大石内蔵助の妻りくと、その娘たちが、ただならぬ空気を感じながらも取り乱さずいつもどおりに振舞っている様子。

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隣の部屋では、早駕籠に乗って江戸から戻ってきた萱野三平らが、江戸での一大事を記した手紙を大石内蔵助に渡している。ネットもテレビも電話も無い時代、早駕籠と手紙が唯一の伝達手段だった。

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主君浅野内匠頭の切腹を伝える手紙を読む大石内蔵助。脇に控える長男 大石主税。

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長屋門 全体の様子。

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では庭園を散策しよう。

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邸内でひときわ目立つ巨木「大楠」。幹周囲4m、樹齢300年超。

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大石内蔵助の妻りく の石像。内蔵助切腹後りくは再婚せず、子どもたちと共に暮らしたとか。

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庭園内の巨大な池泉。うーん、武家庭園。他にも陰陽石や稲荷などがある。

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では大石邸庭園を出て、神社周囲を散策しよう。宝物殿にジオラマが展示してあった、両国橋でのシーンの巨大絵図が掲示してある。

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大石神社に建つ石柱には「忠魂」「義(ぎたん)」の文字。東郷平八郎元帥の揮毫とある。道の右側に建つ「忠魂」とセットの直筆の書が大石神社に残っていて、それを元にこの石柱を建てたという。

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大石神社 石鳥居と、忠魂義の石柱。四十七士の石像が「無い方」の参道。

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大石神社を出て、そのまま西側に城外へ出る「塩屋門跡」へ。ここは豪快に壊されていて、石垣も余り修復が進んでいないようだ。

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塩屋門 向かって左側の石垣。歌碑やら説明板やらが多く建つ。大石神社に車で行くにはこの門から入城する。

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塩屋門 説明板 其之一。赤穂城 搦手門で、枡形はあるが櫓門は無く、入口の高麗門と、奥を見張る太鼓櫓が建っていたという。

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塩屋門 説明板 其之二。

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塩屋門 向かって右側の、二重櫓が建っていたあたりの石垣。櫓台の石垣は完存だが、其の手前の石垣は大きく壊れて(壊されて?)いる。その手前の門に直結する土塀の石垣は完全に無くなっている。

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塩屋門前より、門全体の様子。3枚前の古写真と比べると、堀は埋められ道になり、高麗門横の土塀石垣も壊され道が拡張されていることが分かる。

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では石垣に沿って北上し、三ノ丸大手門方面へ戻ろう。この道は元外堀で、道を隔てて普通に家が建ち並んでいる。家の前は御城の石垣、羨ましい。

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緩やかなカーブを描く三ノ丸石垣。

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石垣の折れ曲がり、横矢掛け部分。

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三ノ丸の北西部までやってきた。北隅櫓台。ここから先は外堀が復元されている。

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石垣の向こうには、最初に見た三ノ丸隅櫓が見える。

ではここから更に住宅街を北上し、浅野家の菩提寺だった花岳寺へ向かおう。ちなみに浅野内匠頭が切腹後に埋葬された江戸の泉岳寺は、江戸の菩提寺とのこと。赤穂の菩提寺は花岳寺となる。

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花岳寺山門。浅野公霊廟義士木像という石碑が建つ。霊廟や木像は見学有料。

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なんと現花岳寺の山門は、赤穂城の西惣門を移築したものだという。殆ど壊されてしまった赤穂城の建築物の、数少ない現存物の一つ。西惣門がどこの門かは不明だが、惣は「惣構」の字なので、恐らく三ノ丸の更に外側、城下町全体を取り巻いていた惣構にあたる部分の西端にあった門だろうか。(塩屋門である可能性も微レ存)

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花岳寺山門、旧 赤穂城西惣門 を裏側から。飾り気の少ない、無骨な城門という印象。

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花岳寺 境内。本殿の左側に見える小さな門の先に義士木像や霊廟があるとのことだったが、有料だったのでスルー。

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播州赤穂駅へ帰着。ありがとうございました、またお越しください、の看板が嬉しい。また来るよー。

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駅に上がる階段の壁には、四十七士かるたの絵柄が貼ってある。

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そして駅構内には、謎の「赤穂義士ライダー47」の看板。大石内蔵助と敵怪人が何故か顔出しになっている。

忠臣蔵の舞台となった播州 赤穂城。整備も進み、いい意味で観光地化もされ、忠臣蔵ファンならずとも、お城ファンも庭園ファンも城下町ファンも必見な場所といえよう。京都 大阪方面からは新快速で一本、終着駅。ぜひ一日時間をとってゆっくりと訪れたい場所だ。


訪問時期:2015年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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