赤穂城 [6/8] 二ノ丸外周に残る櫓台や石垣の壁を見て歩こう。

赤穂城前回 [5/8] までの赤穂城 訪問記。

JR播州赤穂駅より赤穂城へ向かう。息継ぎ井戸を経て、三ノ丸大手門へ。三ノ丸の現存長屋門を見て、二ノ丸門跡、往時の姿を取り戻した本丸大手門へ。大手櫓門内部、本丸御殿跡、天守台、厩口門を経て、二ノ丸南部へ。

Part6では二ノ丸南側を散策します。


<訪問記>

akou2-4849b-4864水手門の橋を経て城外へ出たところで、水手門の古い標柱があった。側面に説明が書いてあるのでこれも見逃さず見ていこう。

akou2-4850せっかくここまで来たので、ついでに二ノ丸周囲の石垣を見ていこう。水手門横の石垣は何と美しいカーブを描いて築かれている。まるで沖縄のグスク。

akou2-4859水手門横のカーブ石垣。奥に見える屋根は米蔵。

akou2-4860石垣に沿って更に奥へと進んでいく。因みに今歩いている場所は往時は「干潟」だった。明治以降埋め立てられて、今は野球場や体育館などが建ち並んでいる。

akou2-4861しばらく進むと櫓台へと突き当たった。ここで石垣は折れ曲がる。南沖櫓台。

akou2-4862南沖櫓台。二重櫓が建っていたという。

akou2-4863南沖櫓台から北側を見る。このあたりにも白鳥が生息していた。二ノ丸外周の散策は今はここまでにして、一旦 水手門から城内へ戻り、先ほど見た南沖櫓台を内側から見てみよう。

akou2-4868二ノ丸内部から見た、南沖櫓台。かなりの草ぼうぼうな状態なように見えるが…

akou2-4869左の方に草が刈られて上り道が出来ていた。本丸と違い、二ノ丸の土塁には立入禁止の看板もなく登ることが出来る模様(柵等はないので落ちないよう要注意)。

akou2-4872二ノ丸土塁上から見る南沖櫓台の石垣。この上に二層櫓が建っていた。櫓台へ登る石段等は無いのでハシゴか木の階段が設置されていたのだろうか。

akou2-4874南沖櫓台石垣。今は向かい側に大きな建造物が建ち並ぶが、往時はこの先は海だった。

akou2-4875南沖櫓台付近の土塁上から奥を見る。土塁の上を歩いて行っても良いが、一旦降りて二ノ丸内部を進む。このまま土塁の上を歩いて行っても楽しそうだ。

akou2-4878二ノ丸内部を土塁に沿ってしばらく北へ進むと、(復元された)城壁にぶつかる。西仕切門のある土塀だ。この向こう側が二の丸庭園(整備中)となる。現在立ち入る事ができるのはここまでだが、せっかくなので、土塁にあがって二の丸庭園の様子を覗き見てみよう。

akou2-4880土塁にあがって二ノ丸外側を見ると、往時のような干潟風の場所が広がっていた。と言っても石垣直下のあたりだけで、少し向こうはテニスコートになっていた。石垣はこのあたりは草ぼうぼうで、余り整備が進んでいない様子。

akou2-4881反対側を見ると、見るも無残に破壊された石垣の跡が残っていた。干潟門跡で、その名の通り三ノ丸から干潟に直接繋がっていた門ということなのだろう。古絵図によると高麗門形式で、門の内側には蔀土居があったというが、今は跡形も無い。今は向かい側が埋め立てられてテニスコートになっている。門跡の奥に見える櫓台の上には二重櫓が建っていたという。二ノ丸西部は現在整備中で、更にその西側にあたる三ノ丸南部は全く手付かずという状態のようだ。明治の廃城以降は、赤穂城全体がまさにこんな感じだったのだろう。無残。

akou2-4882三ノ丸南部と二ノ丸西部(二の丸庭園)との接続口にあたる「西中門」跡が見える。二ノ丸堀も良好に残っているようだ。西中門から右側(二ノ丸側)はキレイに整備されている。

akou2-4883西仕切門のある土塀の向こうを覗き見すると、二の丸庭園がキレイに整備されていることが分かる。どのあたりがまだ整備中なのかよくわからないが、とにかく工事は未完で、入ることは出来ない。

akou2-4886もう少し下がって二の丸庭園の全体像を見る。オープンが楽しみだ。右側の方に城門が見えるので行ってみよう。

akou2-4888二ノ丸の奥にある巨大な池。遺構ではなく遊水池となっている。二ノ丸南側は古絵図にも何も描かれていないエリアになっていて、今は市民公園として整備されている。

akou2-4890二の丸庭園と二ノ丸南部とを遮る土塀の出入口、西仕切門も復元されている。

akou2-4891西仕切門 説明板。

akou2-4893西仕切門のある土塀は、門付近までしか復元されておらず、本丸側は板戸で遮られているのみとなっている。本丸すぐ横は、奥に見える通り、土塀が復元されている。なぜここだけ板戸にしたのかは不明(二の丸庭園の工事車両を通すため?)。

akou2-4894西仕切門 土塀の本丸接続側。内堀も遮られているが、よく見ると端っこが少し空いている。

akou2-4895西仕切門あたりから、本丸南西部の石垣を見る。

二ノ丸散策は以上、再度 水手門より城外に出て、二ノ丸の東側(旧 熊見川、現 加里屋川沿い)の遊歩道を歩きながら二ノ丸周囲の石垣を見ていこう。

akou2-4901水手門から出て東へ。二ノ丸の南東端には石垣櫓台が残る。

akou2-4902潮見櫓台。名前からして、海に面して建っていた事が分かる。

akou2-4903潮見櫓台 説明標柱。潮見櫓と呼ばれた二重櫓が建っていて、水手門の反対側にある南沖櫓とともに城南側の海上監視のための櫓だった。

akou2-4904潮見櫓台前から、二ノ丸方面(北側)を見る。古絵図を見る限り、往時はこのあたりは全て「干潟」(あるいは熊見川)だった。

akou2-4906二ノ丸東面石垣に沿って、北上。石垣が微妙に曲げられている。見所多し。

akou2-4907石垣は一部上部が崩壊しているところもあるが、復元修理はされていないようだ。

akou2-4909二ノ丸東側の舟入付近を警護する「一重櫓」が建っていた櫓台。この櫓の奥が舟入跡で、現在は写真のとおり芝生広場となっている。

akou2-4912舟入跡の奥はそのまま二ノ丸堀(中堀)に繋がっていた。現在は二ノ丸堀のみが残る。

>> 赤穂城 [7/8] へ続く。<<


訪問時期:2015年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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