赤穂城 [4/8] 本丸の内部が一望できる天守台の上へ。

赤穂城前回 [3/8] までの赤穂城 訪問記。

JR播州赤穂駅より赤穂城へ向かう。息継ぎ井戸を経て、三ノ丸大手門へ。三ノ丸の現存長屋門を見て、二ノ丸門跡、往時の姿を取り戻した本丸大手門へ。大手櫓門内部を見学して、平面復元された本丸御殿跡を歩いて広さを体感する。

Part4では本丸の続きから本丸周囲の二ノ丸を散策します。


<訪問記>

akou2-4769本丸の南東部に築かれた大天守台。残念ながら天守は上げられなかったが、天守台は今に残る。

akou2-4769a-4781正面から見ると平面的な印象の天守台だが、奥から見るとこのとおり、複雑な階段が立体感を強調して魅せる天守台となる。こちら側からもぜひ見ておきたい。

akou2-4771天守台へ登る階段の途中から、石垣の隅部を見る。びっちり角が揃えられている。ちなみに階段の最後の部分は鉄階段となっている。石段がないのだが、当時はどうなっていたのだろうか? 木のハシゴ?

akou2-4772石段の上から見返すと、複雑に折り曲げられた階段がよく分かる。軍学者らしい造り。

akou2-4773天守台の上は芝生が敷き詰められていた。

akou2-4774天守台の上から、本丸南側の池泉庭園側を見下ろす。池の中には島が2つ造られている。池の周りには道が造られ、回遊しながら楽しむ事ができる作りになっている(池泉回遊式庭園という大名庭園の典型例)。

akou2-4776天守台の上から、本丸北側の本丸御殿〜櫓門方面を見下ろす。往時は本丸御殿が建っていたので全く異なる景色だっただろう(櫓門は見えない?)。ちなみにここからだと真下に中奥・奥御殿という藩主の居住エリアが一望できてしまうので、天守台は当時はごく限られた人しか登れない場所だったのだろう。

akou2-4777天守台の上から、本丸東側の厩口門方面を見下ろす。どの方向も素晴らしい景色。

akou2-4782a-4784天守台を降りて、本丸の周囲の土塁を見て回ろう。まずは池泉の裏側から見た天守台。石段の中段部は明治期に壊されていたのか、色合いが明らかに異なる石積みとなっていることが分かる。

akou2-4783同じく、池泉の反対側から御殿〜櫓門を見る。江戸時代は表御殿の見事な書院造りを楽しむことが出来る角度だっただろう。

akou2-4785では池泉を越えて、本丸南側から二ノ丸へと渡る「刎橋門」跡へと向かおう。

akou2-4786本丸南側・刎橋門跡。ここも石垣が壊されていたのだろう、積み上げられた石垣の色と、周囲の土塁あたりの石垣の色とが異なる。

akou2-4787刎橋門跡。その名の通り、ここには はね上げる形の架け橋があり、普段は上げられていたとのこと。石垣の向こうは直接内堀になっていて、危ないので柵が付けられているが、どんな感じかは見ることが出来る。見に行ってみよう。

akou2-4788刎橋門跡から内堀および二ノ丸南側を見る。内堀全体に架かる長い橋ではなく、堀幅の3/4ぐらいまで土橋状の陸地が築かれている。高さに違いがあるものの、これだけ近くなっては、大手ではなくむしろここから攻められてしまうのでは?と心配になってしまう構造だ。

akou2-4789刎橋門跡から更に西へ。本丸の南西端には櫓台が残る、がここには石垣台だけで櫓は建てられていなかった。横矢掛け用の構造だろう。

akou2-4790土塁の上に残る石垣台。いざ、と思いきや「危険!石垣土塁には登らないで下さい」の看板。残念。本丸全体は本丸庭園として国史跡となっていることもあるのだろう。

akou2-4791土塁に沿って北上。複雑に曲げられた石垣に沿って内側の土塁もこのとおり。土塁の中段にある武者走りのような空間が気になる。

akou2-4793本丸北西端の櫓台へ。ここも石垣のみ。南西端よりも草がキレイに刈ってあるがゆえに、土塁の上に石垣ポツーン感がすごい。ここなら登れそうだが、ここも立ち入り禁止。ちなみに二ノ丸の櫓台へは、立入禁止にはなっていないので、登れる(道もある)。

akou2-4794ぐるっと本丸内を一周して、櫓門まで戻ってきた。本来は、このように土塁の周囲を土塀が囲っていたのだろう。土塀が復元されたのは、門を復元した周囲だけの模様。

akou2-4795では櫓門から外へ出て、内堀に沿って二ノ丸を散策しよう。これは、本丸大手門を出てすぐの土橋上から見た、内堀。西側。

akou2-4797こちらは東側。微妙に石垣が膨らんでいる(はらんでいる)ようにも見える。石垣の内側に水分が溜まったりして膨らみが増すと、大雨や地震の際に崩壊する危険もあるため、近年は崩れる前に積み直し工事を実施する例が多く見られる(最近では、現存天守の天守台石垣を直すために天守ごと一時引越する弘前城が有名)。

akou2-4799では、内堀に沿って、東側からグルっと回って行こう。

akou2-4800本丸 北東櫓台。唯一、この場所にのみ、本丸隅櫓が建てられていたという。残念ながら復元の予定は無しとのこと。

akou2-4801北東隅櫓台の向かい側あたりに、忠魂碑が2つ並んでいる場所がある。その奥には、二ノ丸堀が見られる場所があるので、行ってみよう。

akou2-4802二ノ丸堀の周囲を囲む土塁。奥に5つ並ぶ蔵のような建物は歴史博物館。

akou2-4803忠魂碑の奥から見る、二ノ丸堀と石垣。何故かここも壊されていたようで、石垣の横面が丸見えになっている。

akou2-4805内堀にそって東側を南進。複雑に曲げられた石垣の中に、かわいい木橋が見えてきた。復元された厩口門だ。

akou2-4806本丸東側に位置する、厩口門。高麗門形式の小さな門だ。

akou2-4807厩口門 説明板。発掘調査から高麗門と分かり、平成13年までに復元された。県立赤穂高等学校は、昭和56年まで、本丸内に設置されていた。生徒は大手門を通って通学し、ここ厩口門は通用門(裏口)だったというから、実に羨ましい。

akou2-4809厩口門とその周囲の石垣。石垣の高さも複雑に変えられている事が分かる。

Part5では厩口門を中から見て、それから二ノ丸の散策を続けます。

>> 赤穂城 [5/8] へ続く。<<


訪問時期:2015年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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