赤穂城 [3/8] 本丸大手櫓門の内部と、平面復元の本丸御殿跡を見る。

赤穂城前回 [2/8] までの赤穂城 訪問記。

JR播州赤穂駅より赤穂城へ向かう。息継ぎ井戸を経て、三ノ丸大手門へ。三ノ丸の現存長屋門を見て、壊された石垣が痛々しい二ノ丸門跡、そして6億円以上のお金を掛けて見事 往時の姿を取り戻した本丸大手門へ。

Part3では本丸内を散策します。


<訪問記>

akou2-4714では本丸大手門一ノ門へ。高麗門形式の小さな門。俺曲げられた土塀には銃眼(狭間)が並び、城門に張り付いても真横から狙われる始末。

akou2-4715一ノ門を越えて本丸大手門枡形内へ。狭い!細長い! 周囲をぐるりと囲む土塀と狭間。奥には巨大な櫓門。これは逃げられない。

akou2-4716一ノ門を内側から。枡形石垣は明治期に大きく壊されていたため、門や土塀だけでなく、石垣も復元。

akou2-4719櫓門付近から見る、一ノ門と本丸大手枡形。うーん、狭い。石垣もなかなかの高さが有り、上から撃たれ放題だ。ちなみに赤穂城は幕末期、赤穂藩内が佐幕派(保守派)と倒幕派(革新派)に分かれ、藩意がまとまらぬまま明治維新を迎えたため、赤穂城は新政府軍に攻められることなく、戦争の舞台にはならなかった。そのため明治になってもキレイなまま残っていたが、惜しくも明治10年代になって全て壊されてしまった。

akou2-4719a-4718本丸大手櫓門。正面の雁木(石段)の上から撮影。

akou2-4722櫓門の内側には、ひっそりと100名城スタンプが設置されている。忘れずに押そう。ちなみに源八宅長屋門にも設置されていた(係員が居る建物の前)。城が閉館となる年末年始などは近くの歴史博物館前に設置されている。

akou2-4723a-4720本丸内部には往時巨大な本丸御殿が建っていた。現在は発掘調査で分かった本丸御殿の位置を部屋ごとに詳細に平面復元されている。ちなみに本丸の復元工事はこれで完了しているとのこと。本丸隅櫓や土塀の復元は現状以上は無しとのことで少し残念。

本丸入ってすぐに看板が建っているとおり、訪問日(GW)はたまたま櫓門内部を無料公開中だったので、まずは櫓門の中へ入ってみよう。

akou2-4724s本丸大手櫓門へは向かって右側から入る。石垣だけでなく、内側の土塁もキレイに整形復元されているようだ。

akou2-4725本丸櫓門の中へ。復元だが土足禁。スリッパへ履き替えよう。

akou2-4726本丸櫓門前から見下ろす本丸内部。巨大な本丸御殿の奥に、立派な天守台が見える。しかし財政不足からか幕府に遠慮してか、江戸時代を通じて大天守は上げられなかった。

akou2-4737本丸櫓門内部。内部もキレイに木像再建されている。内部には現存する本丸御殿などの具材や、古写真、忠臣蔵をテーマにした名シーンごとの紙人形ジオラマ(これがなかなかイイ)などが展示されていた。

akou2-4737a-4734本丸御殿の現存具材の一つと伝わる、破風板。大石神社寄贈。

akou2-4737b-4750本丸大手櫓門 復元にあたって造られた鯱瓦。予備かな? 正福寺に保管されていた鯱および古写真を元に復元、とある。

akou2-4737c-4733紙人形による忠臣蔵ストーリージオラマ。これは最後の討入のシーン。大石内蔵助公だけでなく、吉良邸の門扉を打ち破ろうとする志士たちも再現されているのがいい。ジオラマセットは松の廊下のシーンから始まる。

akou2-4738櫓門の反対側にも出ることが出来る。奥に見える土塀は本丸3つの門のうち、復元された「厩口門」。後ほど訪問しよう。

akou2-4739こちら側からは天守台が更に近く見える。当時は本丸御殿があったので、こんなにはっきりとした全体像を見る事は出来なかった。

akou2-4746二ノ丸側は土塀が建てられ、狭間が設けられている。丸い鉄砲狭間から覗いてみた。一ノ門が丸見え、狙い放題!

akou2-4749実際にはこれぐらいの範囲でこの狭間からは狙う事ができる。ただし門の正面なので、こちら側も狙われる可能性が高い場所とも言える。

akou2-4754櫓門を戻って、入口付近の狭間から覗いた本丸大手枡形。やはり、かなり細長い。そして逃げ場はない。

akou2-4754a-4751本丸櫓門の上から本丸土塁を見る。二段構成になっているようだ。ちなみに土塁には登らないで下さいという看板があちこちに建てられていたので、土塁の上に残る櫓台(左奥の方に見える)には行くことが出来なかったのが残念。(櫓門の上から土塀の前までは行ける)。

akou2-4755では改めて本丸内へ戻り、本丸御殿跡を見てみよう。全体像などが描かれた説明碑がスロープの横にある。

akou2-4756赤穂御城御殿絵図 説明板。浅野家の後に短い間藩主となった永井家に伝わる古文書で、部屋を種類ごとに色違いの紙を切り貼りした力作。

akou2-4757赤穂城 本丸御殿 説明文。向かって右側から、表御殿・中奥・奥御殿に分かれ、大書院と小書院を組み合わせた形式とは篠山城の復元大書院で見られるような姿だということだろう。コンクリートの平面復元は、その高さは床の高さを再現しているという。

akou2-4759足元を見てみると、縁側は少し低く、部屋の部分は高くできている。細かい。

akou2-4761本丸御殿の中を歩いてみる。かなりの広さ。ところどころに植樹された木々が美しい。

akou2-4761a-4760本丸庭園施設案内図。櫓台は合計4つ設置されているが、実際に櫓が建っていたのは東北部だけだったという(図の左下)。

akou2-4762s本丸御殿前から、本丸大手櫓門を見返す。枡形が東に細長いので、櫓門の乗る石垣も東側が長くなっている。

akou2-4764本丸御殿を奥まで行く。御殿の南側は池泉庭園となっていて、御殿南側の縁側から見事な庭園を楽しむ事ができるようになっていたようだ。このあたりは表書院、奥の少し飛び出たあたりが中奥だ。

akou2-4765本丸御殿 表書院 縁側から見る池泉の姿。池泉や本丸庭園も埋もれていたものを発掘調査により復元されたもの。

akou2-4765a-4767赤穂城本丸大池泉の古い看板。昭和59年に発掘調査され、浅野時代・森時代(庭園が拡張された)を再現したとか。

akou2-4766池泉越しに見る天守台。よく見ると池泉の湖岸には石積みがされている。

akou2-4768庭園の端っこには「砂雪隠」があった。雪隠(せっちん)とは、トイレのこと。

>> 赤穂城 [4/8] へ続く。<<


訪問時期:2015年5月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
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