篠山城 [5/5] 庭園風に整備された東馬出と、そのまま残る南馬出。

篠山城前回までの篠山城 訪問記。

城内本丸へ。天守は上げられなかったが天守台は造られ、現在に残る。本丸の周囲には多聞櫓が建てられており、その礎石等も見ることが出来た。

本丸から出て内堀沿いに築かれていた櫓台を見た後、馬出へ向かう土橋を渡って城下町へ。


<訪問記>

sasayama_s-0233篠山城 三ノ丸から外堀を渡った先には「馬出(堀に架かる橋を守るための防衛拠点となる曲輪)」が築かれていた。かなり堅固な設備だ。北・東・南にそれぞれ1つずつ馬出が設けられ、それが何と東と南に残っているという。まずは東へ。東馬出およびその周囲の水堀が残っている。正面の段差の上が、東馬出跡。

sasayama_s-0234東馬出跡地 説明板。西日本は虎口と石垣、東日本は馬出と土塁が発展した…と言われるが、それは初期の話で、信長・秀吉の天下統一事業に伴う各諸侯の広がり、そして江戸期になり移封転封が盛んになると、これらの築城技術は全国規模で広がっていったという。

sasayama_s-0236東馬出跡の中はさながら日本庭園のようにキレイに砂利と芝生と植樹で整備されている。馬出の周囲を囲っていた土塁は残っているようだ(その上に植樹されている)。

sasayama_s-0237東馬出の周囲を囲んでいた水堀も残っていた。石垣は水面に近い半分ほどの高さだけ石垣が積まれている。腰巻石垣というにはちょっと分厚いか。

sasayama_s-0238東馬出跡から反時計回りに外堀周囲をめぐる。東馬出跡の少し北にある篠山観光ホテルの入口は武家屋敷風になっている。元篠山藩家老屋敷、と書いてあるのは、此の場所のこと。

sasayama_s-0269c-0111堀沿いに西へ進む。大手口前には「大手馬出」があったのだが、現在は立派な建物(たんば田園交響ホール)が建っていた。資料によると大正10年頃に埋め立てられてしまったという。

sasayama_s-0239更に堀沿いを西へ進んで、駐車場の横にまるで家の門のような場所を発見。看板があがっている。

sasayama_s-0240高城屋敷門。元 八上城(篠山城が出来る前までの丹波の中心城)の屋敷門であったと伝わる門という。

sasayama_s-0243-s外堀の西側へ。このあたり一帯は古き雰囲気を残す「武家屋敷群」となっている。土塀に茅葺きの家が建ち並ぶ。

sasayama_s-0243a-0242御徒士町通り 武家屋敷群 説明板。「徒士」は「かち」と読み、徒歩で進む(下級)武士のこと。御徒士町で「おかちまち」。因みに足軽は武士ではなく、更に下の身分となる。篠山築城時に整備された武家屋敷群は、残念ながら幕末期に大火で焼失。現存する武家屋敷はその後再建されたもの。

sasayama_s-0244この、見事な、武家屋敷街。タイムスリップ。都市計画に基いて整備された真っ直ぐ道。

sasayama_s-0245訪問時は既に16時半を過ぎており、武家屋敷はほぼ営業終了。早い時間に行くとちゃんと中に入れるのに残念。外観だけでも見ていこう。安間家史料館。説明板によると、どうやら復元のようだ。

sasayama_s-0246門も屋敷も、茅葺き屋根。瓦に比べ耐久性が低く、定期的なメンテナンスが不可欠という。

sasayama_s-0250武家屋敷を抜けると、正面に土塁に囲まれた広場が。

sasayama_s-0251南馬出。東馬出のように過度な整備は行われておらず、自然のまま最低限の整備(草刈り)が行われているようだ。馬出の周囲を守る土塁がしっかり残っている。なお写真はないが、土塁の外側には堀も残っていた。

sasayama_s-0254南馬出前の土橋から再度 外堀を渡り、三ノ丸へ。再度内堀の前までやってきた。正面の石垣の周りにある犬走りは、先ほど二ノ丸奥の埋門から降りたところあたり。右端に坂道が僅かに見える。内堀に沿って北へ進もう。

sasayama_s-0264内堀 北西部分。石垣が大きく折れ曲げられている。奥に見える屋根は大書院。

sasayama_s-0267再度 外堀を渡る。外堀を越えてすぐぐらいのところ、駐車場の脇に建つ、立派な門。看板がついているので、見てみよう。

sasayama_s-0269a-0107消えかかっているが、元 篠山藩地方役所門 と書いてある。城下にあった多くの政庁(役所)の1つか。

sasayama_s-0268なかなか立派な門だ。

sasayama_s-0269b-0106横から。瓦、柱ともに非常に古い。控柱とかかなり細いんだが、地震が起きたら崩れてしまいそうな気がする。周りの土塀は真新しい。移築保存と思われる。

sasayama_s-0270a-0272バス道へ。超立派な楼門があったので一枚。誓願寺 山門。

sasayama_s-0271八上城主 波多野氏によって創建され、篠山城が出来ると此処に移されたという。なんと、釘を一本も使っていない、組み合わせ工法。

復元大書院が中心の篠山城だが、天下普請による近代城郭の見事な石垣・内外堀が残り、整備も進んでいる。また城内だけでなく城下町も色濃く残り、現存する武家屋敷もある。1日時間をかけてゆっくり巡りたい街。電車の駅からはかなり遠いので、バスを使おう。


訪問時期:2013年10月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF18mm
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログの順位を見るには上のバナーをクリック! (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中