大坂城(大阪城) 真田丸を歩く [1/4] 秀頼公ゆかりの玉造稲荷神社

真田丸真田丸(さなだまる)は、大阪冬の陣(1614年)に際して豊臣方の真田信繁(真田幸村)が大坂城唯一の弱点とされた城南方面(惣構南堀の外側)に新造した馬出(迎撃拠点)で、実際にこの地で信繁たちは南から迫り来る徳川軍を多く打ち破り、徳川軍は一兵たりとも惣構の中に入ることは出来なかった。しかし本丸への砲撃に恐怖した淀殿等が徳川方と和睦を急いだことで講和条件により惣構および三ノ丸・二ノ丸まで破棄されることとなり、真田丸も破壊された。真田丸の遺構はほぼ残らないが、諸国古城之図や現在の地形などから南惣構堀や真田丸が築かれた場所が比定されている。真田丸 (Wikipedia)

このページは、真田丸推定地および南惣構堀跡、付近に残る信繁公ゆかりの地を歩き回ったレポートです。


◯ 主な訪問地および行程
玉造稲荷神社(秀頼寄進の石鳥居)※秀頼銅像
→ 南惣構堀の痕跡(急激な坂道・石段等)
→ 清水谷公園(南惣構堀に面したまるで櫓台のような場所)
→ 真田丸比定地(明星中学一帯)
→ 心眼寺(幸村親子を祀る寺)真田丸碑
→ どんどろ大師(摂津名所図会大成で”真田別堡古趾”と書かれる場所)
→ 三光神社(伝真田の抜穴跡)幸村銅像
→ 真田山公園(住所が「真田山町」、旧第四騎兵聯隊駐屯地)
→ おまけ:安居神社(幸村終焉の地)幸村銅像

ぐーぐるまっぷルートを Googleマップ で描きました。行程は3kmと出ましたがこれは最短距離で、実際はもっと細かくウロウロしたので5kmぐらいだと思います。約3時間。安居神社は真田山公園から更に3kmぐらい南西にあり、別件で訪問したときの写真をオマケで付けています。


<訪問記>

sanadamaru_map今回は御城めぐりというより街歩き。真田丸に関しては遺構が殆ど無く、三光神社や心眼寺など石碑・銅像めぐり程度しか出来ない…とずっと思っていたが、なんと今に残る付近の地形凹凸や地名から往時の姿を想像するというウルトラCな研究をされている「大阪高低差学会」さんが、タイミング良く春の街歩き会で真田丸付近を歩くという情報を入手。早速「大阪高低差学会」さん主催のフィールドワークに参加させて頂いて、興味深いお話を伺いながら街歩きを行った。ステキな会の開催ありがとうございます!「大阪高低差学会」さんのサイトは ブログFacebook へ。

ということで、上記マップに従い「真田丸(と真田信繁公ゆかりの地)めぐり」レポートを掲載。真田丸・南惣構堀の比定地は大阪高低差学会さんの見解ですが私も現地を歩いてみて、信ぴょう性の高い話だと思った。更に住所をよく見てみると南惣構堀跡と思われる凹部は「空堀町」で、そこには東西に長い道路「長堀通」が通っている。これはもうここに当時、長い堀が通されていたと言っても過言ではない。真田丸の形状は「諸国古城之図」にあるとおり「本丸と小曲輪」の二段構成で想定した。

※ このページは「真田丸・真田信繁(幸村)公ゆかりの地めぐり」として構成しているため、当日の街歩き会でのルートや訪問地とは一部異なります。

tamatsukuri-9955ではまず、豊臣家ゆかりの地・玉造稲荷神社へ。玉造(たまつくり)はその昔、勾玉(まがたま)を作る職人が多く住んでいたことから付いた古い名で、旧大坂城三ノ丸に位置するこの神社は城の鎮護として豊臣家および徳川家より厚く保護されたという。早速境内へ。

tamatsukuri-9957玉造稲荷神社 正面の石鳥居。この鳥居からまっすぐ南へ道が延びていて、往時の表参道であったことが分かる。参道の真ん中に巨木と小さな祠が立っていて、古絵図にはその参道の入口に巨大な石鳥居が描かれていた。

tamatsukuri-9959玉造稲荷神社 拝殿。左に見える井戸は「利休井」。往時この神社の南西部には千利休の屋敷が建っていて、屋敷内には良質の井戸があり、利休がその水で茶を点てていたと伝わる。江戸期にはその水で酒蔵も営まれていたとか。この井戸は平成になって利休を偲んで再掘された井戸で、利休とは直接関係ない。他にも境内には利休顕彰碑が建っていた。

tamatsukuri-9960a-9963玉造稲荷神社 御由緒 石碑。創建は紀元前12年!日本書紀にも現れる玉作部(たまつくりべ・古代の勾玉職人)の居住地であったという。豊臣家および徳川家の頃には大坂城の鎮守神として祀られていた。

tamatsukuri-9962玉造稲荷神社の境内へ。幾つかの鳥居と銅像が建つ。

tamatsukuri-9964なんと、秀頼公と淀殿の胎盤が納められていると伝わる大明神。

tamatsukuri-9965秀頼公胞衣塚大明神 説明板。胞衣(よな)とは胎盤のこと。元々ここにあったのではなく、大戦で焼け出されたため元の寺山町から東阪町へ遷座、更に大阪築城400年記念でここに再遷座したという。

tamatsukuri-9966秀頼公胞衣塚大明神。辺りの笹を祈祷し我が子の寝床下に敷けば霊験あらたかであるとか。

tamatsukuri-9967そして更に奥には石鳥居の「頭」だけが置かれている。

tamatsukuri-9968慶長8年(1603年)、秀頼公が寄進したとされる石鳥居。説明板には古絵図「摂津名所図会」にも描かれた石鳥居の姿が見て取れる。場所的に、まっすぐ伸びる参道の端っこにあったようだ(現在は住宅地だが、真っ直ぐ伸びる道は残る)。何と1995年の阪神淡路大震災で破損、390年以上に渡る大坂城の鎮守という役目を終えた石鳥居は、ここに保存されたという。

tamatsukuri-9969柱には「慶長八年三月」の銘。

tamatsukuri-9970石鳥居は頭部と根元部が両方保存されている。

tamatsukuri-9974そして境内で最も目立つ「豊臣秀頼公の銅像」。土台3m、銅像3m。神社と大坂城を見下ろしている。大坂城内 豊國神社に建つ「豊臣秀吉公銅像」と同じ中村晋也氏による作。ちなみに奥に見える古代風建物は「難波玉造資料館」、内部見学は無料だが1週間前までの予約が必要とのこと。

tamatsukuri-9974a-9977銅像横に建つ秀頼公の説明板。古文書には六尺五寸(197cm)の立派な大男で、1611年に二条城で秀頼公と会見した家康は、秀吉存命時はまだ幼かった秀頼公が立派な青年に育った現実を見て、豊臣家滅亡を決意したと言われるほど。

tamatsukuri-9975豊臣秀頼公(青年)銅像。摂関家(関白になることが出来る最高位の公家)としての威厳のある姿をしている。しかし秀吉・秀次と異なり、秀頼が関白に就任することはなかった。

tamatsukuri-9975a-9978秀頼公 横姿。立体の銅像は前からだけでなく360°楽しむことが出来る。

tamatsukuri-9976秀頼公 後ろ姿。

では玉造稲荷神社を出て南へ。旧参道をまっすぐ南下、大阪女学院の南あたりから急激に標高が下がる。遺構らしい遺構はまったく残っていないが、地形からしてその辺りが旧大坂城 惣構の南端、凹部が惣構堀跡であると考えられる。

sanadamaru-3663大阪女学院の南側の道を歩いていると、幾つかある細い路地からかなり下がった「長堀通」が見て取れる。今まで何気なく見ていた「長堀通」という名前も、豊臣期には長い堀だった場所がその後に大通りになりました、というまさに「名は体(歴史)を表す」名称じゃないか!

sanadamaru-366510段ほどの石段が2段構成。結構な高低差がある。南惣構堀は全て手で掘られたわけではなく、恐らく元々上町台地に存在していた自然地形(谷)をうまく活用したのだろう。この巨大な谷(惣構)までが大坂城。そして何とその谷の向こう側に真田丸が造られた。まさに孤立無援。

sanadamaru-3668s大阪女学院の正門南には、石段ではなく、当時の堀の斜面をまるでそのまま道にしたかのような見事な坂道が残る。大阪高低差学会の皆さんはここをグレートな坂と呼んでいた。分かる!

sanadamaru-3671s長堀通り。先ほどの坂道が嘘のような、実に平坦な道。谷底・堀底というのも頷ける。現在はこの下に地下鉄「長堀鶴見緑地線」が走る。

sanadamaru-3672長堀通から先ほどの坂道を見る。少し離れてもこの貫禄。往時はこのような坂道が、左右いっぱい数kmに渡って広がり、大坂城惣構を形成していた。そして、この堀の南側から攻めてくる徳川軍を食い止めるため(あるいは打って出るため)、堀の南側に真田丸が築かれた。

sanadamaru-3673だいぶん離れて先ほどの坂を見返しても、この存在感。ちなみにこの道をまっすぐ南へ進むとまた坂道(登り)になり、そのあたりまでが「南惣構堀」跡、その先が「真田丸」比定地となる。

このまま真っ直ぐ真田丸跡へ向かいたいところだが、しばらく南惣構堀跡に残る高低差の見どころを見て回ります。

>> 真田丸を歩く [2/4] へ続く。<<


訪問時期:2015年4月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF14mm
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログの順位を見るには上のバナーをクリック! (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中