篠山城 [1/5] 見事な石垣と内堀、犬走りに囲まれた二ノ丸内へ。

徳川幕府成立後、西国大名の抑えとして山陰道の要所である丹波に譜代大名を配置し、中世山城の八上城に代わる拠点として丘陵「笹山」に築いた近世城郭「篠山城」。幕府の命で全国の20諸侯に分担させて築いた「天下普請」の1つ。西国大名たち(主に豊臣家)との戦いを想定した城郭で、堅固な石垣・城門・多重堀・馬出などを備えている。本丸には天守台が築かれたが、大天守は上げられなかった。維新後に建物は破棄、二ノ丸の大書院のみ残され校舎等に使用されていたが、昭和19年に失火で焼失。現在は二ノ丸御殿跡を平面復元、大書院は平成12年に古文書・古写真等を元に木造復元された。

篠山城<基本データ>
●名称: 篠山城 [ささやまじょう]
●所在: 兵庫県篠山市(マップ
●築城: 1609年(慶長14年)
●築主: 徳川家康(天下普請)
●遺構: 石垣、内堀、曲輪、天守台、大書院(復元)
●関連: 篠山市HP(篠山城物語)篠山城大書院


<訪問記>

sasayama_s-0115篠山城前に建つ付近マップ。整備が行き届いており、内堀と外堀および馬出、二ノ丸内は石垣がよく残っている。外堀の周囲に3つ造られた馬出は東と南の2つが堀とともに現存。建物はすべて失われたが平成12年に二ノ丸大書院が復元された。地図のオレンジの部分がいわゆる城下町の雰囲気がよく残っている地域(国の重要伝統的建造物群保存地区)、黄色はまちなかにぎわいゾーン(お土産屋など商店が建ち並ぶ)。

sasayama_s-0115b-0112大手の土橋上から外堀を覗く。北外堀の西側。

sasayama_s-0115c-0113北外堀の東側。

sasayama_s-0115d-0114板に手書きの史跡説明板。縄張りは藤堂高虎(伊賀上野城城主)、奉行は池田輝政(姫路城城主)。説明板にもあるとおり、外堀は現存だが内堀について言及されていないのは、内堀は戦後に一度公園化に伴い埋め立てられた(その後 史跡として復元された)経緯があるため。

sasayama_s-0116a-0265s三ノ丸広場(内堀と外堀の間)から、二ノ丸本丸方面を見る。三ノ丸は学校や商業施設が建ちあまり御城ぽく無いが、二ノ丸以内は石垣に囲まれていることから非常に御城っぽくなる。一般の人にはあの向こうが「篠山城」だろう。

sasayama_s-0116b-0225三ノ丸から二ノ丸へ、内堀を渡る土橋の前に「史蹟 篠山城跡」石碑が建つ。

sasayama_s-0118篠山城跡 説明板。簡単な歴史と、当時の篠山城の俯瞰モデルが描かれていて、分かりやすい。が、どれが今も残っていてどれが残っていないのかがこの絵では分かりづらいので、色付けして欲しいと思った。

sasayama_s-0119横にあった「ありし日の篠山城」。昔ながらの手書きの看板にノスタルジーを感じる。

sasayama_s-0121二ノ丸への土橋上から、内堀を見る。西側。二ノ丸石垣の周囲には犬走りも残る。

sasayama_s-0122反対側(東側)。こちらは西側と異なり美しく整備されているようだ。折れ曲がりまくりの石垣・犬走り・内堀が美しい!

sasayama_s-0122a-0223折れ曲がりが非常に美しいのでもう少し角度を変えて。内堀の折れ曲がり部分の三ノ丸側には櫓が建っていた。

sasayama_s-0123では二ノ丸へ。ここは二ノ丸の大手口にあたる「鉄御門虎口」跡。門や塀は失われたが、石垣だけでもこれだけの堅固さが伝わってくる。大迫力! なぜか互い違いに設置された木柵にいろいろ注意事項が書かれているのが面白い。

sasayama_s-0124二ノ丸大手口、鉄御門虎口。この折れ曲がりっぷり。石垣の左側と右側とが雰囲気が異なるのは、石垣単位で普請を諸侯が分担した「天下普請」ならでは。古絵図によるとこの虎口には入口と出口の他に中間点にも門が描かれており、このあたりにも門が建っていたようだ。よーく見ると道の脇に礎石らしき石が並んでいる(が現地に説明板等が無かった)。

sasayama_s-0128三ノ丸方面を振り返る。どう見ても、向こうが見えない造り。これは堅固だ。見落としたが、左に見える標柱が、中門の説明だったのかもしれない。

sasayama_s-0128a-0222ようやく二ノ丸が見えてきた。当時は石垣の上に土塀・多聞櫓が建ち並び、二ノ丸入口部分には櫓門が建っていたため、この位置からでも中は全く見えなかっただろう。今は土塀もなく、門も簡易な冠木門にされてしまったが、雰囲気は出ている。なお鉄門跡は埋め戻されているが、冠木門の下の自然石敷きの部分で平面表示がされている。

sasayama_s-0130鉄門跡 説明板。「鉄の門」跡なのに何故か再建されたのが木の門(冠木門)という謎さ。櫓門の門扉にはその名のとおり鉄板が貼られていたという。幅5m、奥行き4.5mの正方形に近い櫓門だったとか。

sasayama_s-0131鉄門跡を越えて二ノ丸へ。正面には平成12年に木造復元された「二ノ丸大書院」がある。正面の唐破風のついた巨大な玄関がある瓦葺の建物は「大広間」で、現在は史料館となっている。「大書院」は左側のこけら葺きの建物。大書院へは直接入れず、この史料館を通って行くことになる。内部は有料で観覧できる。100名城ハンコも中にあるので忘れずに。

sasayama_s-0131a-0169史料館 玄関。大書院(左奥)がこけら葺きなのに対し、史料館は瓦葺きだ。大書院については木造復元と書いてあるが、この史料館(の元の「大広間」)は史実通りなのか等は明記が無く不明。大書院に大広間も含まれるのだろうか。次回行った時に係員に聞いてみたい。なお大書院そのものにも車寄(玄関)がついているが、封鎖されていてそちらには行けない。

sasayama_s-0132大書院 説明板。政庁として使われていた大書院は、現存時の古写真・測量調査などを元に江戸初期の姿を忠実に復元したという。中は様々な展示の他、この復元大書院の建物(内装)自体も立派な見どころだ。

Part2では史料館〜大書院の中を紹介します。

>> 篠山城 [2/5] へ続く。<<


訪問時期:2013年10月
撮影機器:FUJIFILM X-M1 + XF18mm
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