竹田城 [前編] 但馬播磨の国境、山上に完存する壮大な山城遺構!

近年 雲海が出ることで有名観光地と化した竹田城跡。歴史的には播磨國と但馬國との境に位置する激戦地区に15世紀中旬に但馬の雄 山名宗全公が築いたとされる山城(異論もある)。秀吉の但馬侵攻で落城後、赤松氏が入城し現在に残る総石垣の普請を行った。全国でも珍しく山上に完存する山城遺構として貴重だが、近年の観光ブームにより遺構の崩壊が顕著となり、現在は立入可能エリアが大幅に制限されている。このレポートは大河ドラマやCMで取り上げられる前に訪問した際の写真を元に造り直したもののため、現在は立ち入りできないエリアも含まれている。

竹田城<基本データ>
●名称: 竹田城(別名:虎臥城)
●所在: 兵庫県朝来市(マップ
●築城: 1441年頃 / 1585年
●築主: 山名宗全 / 赤松広秀
●遺構: 石垣、曲輪、天守台
●関連: 朝来市HP(城跡概要)


<訪問記>

* 2012年10月時点での訪問レポートです。現在とは立入可能エリア、アクセス方法などが大きく異なります *

takeda_s-06002中腹の駐車場まで車で向かう。簡易な復興門が建っているところから徒歩で登城。

takeda_s-06052入口にある史蹟竹田城跡 案内板。山名宗全が築いたとされてきたが、近年の研究では否定する説もあり、但馬守護山名氏の守護代であった太田垣氏による築城とも考えられているようだ。但馬國と播磨國の境目にあたるこの地に築かれた竹田城は、但馬側からの播磨攻撃の拠点となっていた。秀吉による竹田城攻略後は城代 羽柴小一郎を経て桑山重晴が城主となり、本能寺後の秀吉政権下では播磨の赤松広秀が城主となり、現在に残る総石垣の竹田城を築き上げた。文禄から慶長にかけて繁栄した竹田城も、1600年関ヶ原合戦で西軍側となったことに端を発し、戦後自刃。城も廃城となった。縄張りは、最高所の本丸を中心に放射状に曲輪を広げる構造をしている。

takeda_s-06007sでは城内へ。門から舗装道を道なりに進んでいくと、途中でショートカット山道がある。そこを登ると放射状に伸びる曲輪の1つ「南千畳」へ到達する。城内は木々も伐採され非常に見晴らしが良い。正面の石垣の上が「南二ノ丸」で、奥の一番小高い場所が「本丸 天守台」だ。因みにショートカットに入らず舗装道をまっすぐ奥まで進むと「北千畳」へ到達する。

takeda_s-06008s南千畳から南二ノ丸へ向かう場所の虎口跡。石垣が配置され迷路が構築されている。

takeda_s-06009s南千畳最北端から見る本丸石垣と天守台。美しい。城下町を望む本丸の正面に天守台が配置されていることから、城下に権威を見せる役割もあったのだろう。

takeda_s-06012sまさに山上の最高所に長大な石垣が構築されていることが分かる。

takeda_s-06013 南二ノ丸から複雑な虎口を経由して本丸へ。右側の高石垣は本丸石垣。

takeda_s-06014本丸より南側、南二ノ丸および南千畳を望む。雑誌やネットで見まくる定番の構図だ。

takeda_s-06015天守台まで登って、先ほどと同様の構図で一枚。かなりの高さがある。この上に更に数層の天守あるいは櫓が建っていたとすれば、そこから竹田城下町はまさに一望だっただろう。

takeda_s-06018天守台より見下ろす竹田城下町。竹田城跡を遠景で見られる「立雲峡」は、正面(城下町右側)の山にある。

takeda_s-06019天守台の上より、本丸虎口の間から南千畳方面を見下ろす。

takeda_s-06028本丸より西側を見下ろす。 山々を突き抜ける道路(陸橋)は播但連絡道。

takeda_s-06029日が落ちて非常に美しい夕景となってきた。当時はまだ登ることが出来た、夕景の天守台と木の階段。

takeda_s-06031日暮れの天守台 もう1ショット。

takeda_s-06033天守台は本丸から見ると低そうに見えるが、本丸の東側に隣接して造られているため、下に降りて見上げるとこの高さ。これだけの山の上にこれだけの高さの野面積みの石垣が積み上げられている。うーん、織豊期!

takeda_s-06034本丸遠景。夕暮れの竹田城跡も美しい。しかし下りはかなり暗くなるので要注意。

takeda_s-06040本丸の北東方面にある北千畳から下山。巨大な石段が曲がりくねって構築されている堅固な大手門虎口。

takeda_s-06049かなりの夕暮れ。大手道から見上げる北千畳の石垣。

takeda_s-06051s北千畳からの大手道はつづら折れの山道。しばらく降りると登ってきたときの舗装道路へ出る。大手道ギリギリにかなりの急角度で高石垣が築かれており、登城する人はまさに度肝を抜かれたことだろう。

日が暮れる前に急いで下山。そして翌日は「雲海チャレンジ」で早朝に再登城。後編へ続きます。

>> 竹田城 [後編] へ続く。<<


訪問時期:2012年10月
撮影機器:SONY NEX-C3
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