平戸城 [4/4] 城下町に残るウィリアム・アダムス(三浦按針)の住居へ

平戸城前回までの平戸城 訪問記。

平戸城内 唯一の現存建造物 北虎口門と狸櫓を見る。土塀で繋がった地蔵坂櫓(復興)とのセットとも相まって、この付近が一番お城らしい雰囲気。

Part4ではいよいよ天守(沖見櫓、復興)へ。


<訪問記>

hirado-1078a-1113本丸へと続く虎口を超えると、こぶりな本丸の奥にチーンと建つ天守。往時は「沖見櫓」と呼ばれたが昭和の復興時に天守として復興再建された。(復興=見た目や構造などが史実に基づかない勝手なデザインでの再建)

hirado-1078s内側から見るとコジンマリしているが、外から見ると小山の上に建つさすがの貫禄に見えるから不思議だ。天守台も無く直接建てられている。ちなみに沖見櫓(天守)の奥には見奏櫓も復興再建されている。天守から降りてきてから見に行くつもりだったが、降りてきた時にはすっかり忘れていた。

hirado-1081s平戸城天守(沖見櫓)。模擬天守であり、平戸城には天守と名付けられた建物は無かった(天守相当の櫓は二ノ丸の「乾櫓」とされる)。

hirado-1084天守内へ。さすがは貿易の町 平戸。その歴史は遣唐使(平安時代)から始まる。遣唐使船の詳細模型。

hirado-1085遣唐使 入唐路。

hirado-1086a-1083ヒゲと前立がいかつい甲冑。

hirado-1087重要文化財「環頭太刀(かんとうのたち)」。4世紀頃の神功皇后の朝鮮半島出兵に従軍した武将・七郎氏広の佩刀と伝わる。歴代藩主の手厚い保護を受けてきたという。柄頭を環状にした鉄製の直刀で、ツバは水牛の角、鞘は竹を馬皮で包んでいる。

hirado-1088松浦氏の家譜。長すぎる家系図で字が読めない!一番右上は嵯峨天皇、平安初期(822年頃)、そこから松浦氏は脈々と続き、左下に最後の藩主 松浦詮 の孫の代までが書かれている。参りました。

hirado-1092平戸城 北虎口門の門扉。1704年に築城された当時のもので、修理で交換されたものを保存展示している。乳金物や八双は再利用されたのか、外されている。

hirado-1093a-1098最上階の一階下には、フロア全体を使って巨大な平戸城模型が展示されている。なんと1814年制作。

hirado-1095大手門付近。江戸時代の模型だが、平和な時代ゆえか、なかなかに細かくキレイに造られている。大手一ノ門。

hirado-1096a-1108では最上階、展望フロアへ。御城コインもここで販売中。

hirado-1102平戸城天守からの眺望 北東方面。正面に見えている櫓は本丸奥の見奏櫓。右側のは懐柔櫓。いずれも復興。懐柔櫓の横に見える青い屋根は相撲場。

hirado-1104天守からの眺望 北方面。対岸にオランダ商館が見える。

hirado-1106平戸城天守 廻縁の様子。欄干がついているが、落下防止のための網が外側に張り巡らされている。仕方ないが、残念。

hirado-1129sでは城から降りる。北虎口門を出て右側へ進み、山麓の駐車場(訪問記のスタート地点)へ。まっすぐ降りればすぐに駐車場。逆に言うと駐車場からこの道をあがればすぐに北虎口門、そして天守。一般の方はこのルートで登城し、平戸城ちっちゃいね、という感想になってしまうのかもしれない。

hirado-1130小地図にはこの道の場所は山の絵になっているが、道沿いに石垣も見られた。よく見ると石垣ではなく石積みっぽく見えることもあり、この道を築いたときに造られたものかもしれない。

hirado-1131うーん。やっぱり、近年のものかな。などとモヤモヤしながら下山。おつかれさまでした。

続いて、城下町エリアへ。平戸は貿易の港ということで、オランダ商館を始め、歴史ゆかりの建物が多く残っている(復元もあり)。

hirado-1133その内の一つ、ウィリアム・アダムス=三浦按針(みうらあんじん・家康の外交顧問だったイギリス人武士・家康の死後平戸へ)が住んでいたという屋敷へ。現在はお菓子屋「蔦屋」になっていて、二階が公開されている。

hirado-1135入り口横には「按針の館」として説明文が掲載されていた。三浦按針は家康に与えられた名前で、三浦半島に知行地をもらったことに由来する。

hirado-1138一階はお菓子屋さん。なかなかいい感じだった。おみやげはこちらで。で、二階は無料開放されている。梁が、むき出し! 奥の部屋へのフスマ?が浮いている位置にある。

hirado-1141畳の間だけでなく奥の部屋も開放されている。天井板が無く梁がむき出しなのが御城風な気もする。

hirado-1144奥へ行くと一段と天井が高くなる。天井の梁具合も気になるが、下にある凧の横のカラフルな絵が気になる。

hirado-1145エゲレス人と、アマカワ人。元は松浦史料博物館に展示されている「外国人之図」だそうで、気になるアマカワ人は、天川人ではなく、ポルトガル人のことだとか。

迫力ある虎口が残る大手門付近、および現存建造物の北虎口門・狸櫓。復興天守が表に出ているが、それら「江戸時代の平戸城」をぜひ見て頂きたい。


訪問時期:2014年10月
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