有子山城 [4/4] 主郭奥の千畳敷に残る石列と、パックリ割れた巨石。

有子山城跡前回までの有子山城 訪問記。

主郭に残る長大な石垣に大興奮。第二郭から主郭へ上がる石段もキレイに残り、主郭上には土塁跡も残る。主郭の南東には深さ12mもの巨大な大堀切が城をさえぎっている。

Part4では大堀切の向こうに残る「千畳敷」へ向かう。


<訪問記>

ariko-0220第四郭まで戻ってきた。第三郭の西側の石垣に沿って奥へ伸びる帯曲輪を進み、大堀切・千畳敷へ向かおう。

ariko-0223石垣の奥のほうは二段構成になっている。下の段は多少崩れていた。

ariko-0225石垣を奥まで進むと、視界に現れる巨大な「Vの字」。主郭(左側)と千畳敷(右側)を隔てる、大堀切。元々は主郭と千畳敷のある場所は繋がっていた尾根筋で、これだけの穴を人力で掘ったというのだから、驚き。深さ12m! 此隅山城を陥とされた山名氏の意地! しかしこの有子山城も、築城僅か8年後に再び織田軍(羽柴秀長)に囲まれ降伏。山名氏は滅亡せず、有子山城を築いた当主 山名祐豊の死後、息子の氏政が当主になると羽柴氏に近寄り、羽柴軍とともに各地を転戦したという。

ariko-0227大堀切の向かいには千畳敷へ向かう道と、カーブのところに築かれた石積み。石積みの下はこれまた長大な竪堀。

ariko-0229千畳敷へ。その名の通り、非常に広い削平地で、往時はここに居館などがあったようで、石列や築地塀による区画分けの跡が残る。

ariko-0231築地塀跡(盛り上がり部分)と、石列。なかなかとしっかり残る。3つの区画にわかれているようだ。

ariko-0232千畳敷からは軒丸瓦や擂鉢などが見つかっており、居住空間として利用されていたことが伺えるそうだ。

ariko-0233千畳敷の一番奥は、土が盛られ少し高台になっており、櫓台跡とされる。その下には堀切も通されている。

ariko-0236千畳敷 東端の櫓台から見下ろす堀切。

ariko-0238千畳敷を戻る最中に見つけた、2つに割られた巨大な卵型の石。割れ目に沿って空手チョップで石割りをするようなポーズで写真を撮る絶好のスポットだ。

ariko-0246千畳敷 全景。かなりの広さ。

ariko-0248千畳敷の西端へ。大堀切の向こうには主郭。見れば見るほどすごい大堀切。

ariko-0251帯曲輪付近で見かけた石列。矢穴跡がはっきり残る。ここにあったものではなく、上から落ちてきたものか。実はここのもう1段下には石切場とされる場所が残り、そこには矢穴跡がある石材がゴロゴロしているらしいが斜面を無理やり下らないといけない場所にあるため、未訪問。

では先ほど通過した、井戸曲輪下の巨大石垣を見に行くことにしよう。井戸曲輪まで戻る。

ariko-0260井戸曲輪ふたたび。上から見ると、これぐらいしか見えない石垣。パンフによるとこの下には7段構成の巨大石垣が構築されているとか。往時の登城路の真上にあたるため「見せる石垣」な面も大いにあったかと思うが、パンフには「井戸曲輪の崩壊を防ぐための石垣」と記載されていた。

ariko-0260a-0268では井戸曲輪下の石垣を見に行こう。井戸曲輪から直接降りることは出来ず、西側から回りこむような形で進む。道なのかどうか分かりづらいが、なんとなく斜面が緩やかになっているコースを取って下へ。

ariko-0261井戸曲輪下の石垣直下へ到達。斜面に沿って十数メートルに渡って高石垣が構築されている。谷の登城路をあがっていきなり眼前にこれが現れたらビックリしたことだろう!

ariko-0262反対側に回りこんで井戸曲輪下高石垣をみる。主郭付近の石垣とは異なり、苔がビッシリと生えていて、まさに緑のジュウタン。

ariko-0264真下から。往時の登城路も、この真下に到達後、石垣を見ながら横に回り込む形で上へ登っていた。

ariko-0265a-0263井戸曲輪下の高石垣の更に下部。谷になっていて、石垣の裏込石的な小石が散乱していた。往時はもっと石垣が続いていた? 往時はこの谷間が登城路だったようだ。帰りはこの道から降りたいところだが、パンフによると幅2-3mの道が残るものの、崩落している箇所があり、出石城の最上段にある稲荷曲輪の上あたりが封鎖されていたため、大人しく来た道を戻った。

ariko-0434夕日に染まる有子山城跡。このあと行った此隅山城からの帰りに撮影。

panph-arikoおまけ:出石城下 観光案内所で配布していた「出石三名城」パンフ。A3を四つ折りにしたもので、広げると内側には詳細な縄張図が描かれている。見どころポイントは写真だけでなく文章でもなかなか細かく解説がなされており、登城の際は必携。ちなみに番号は此隅山城がNo.1、有子山城がNo.2、出石城がNo.3。歴史順。


訪問時期:2014年10月
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有子山城 [4/4] 主郭奥の千畳敷に残る石列と、パックリ割れた巨石。” への2件のフィードバック

  1. 実は15年以上前の学生の時に訪問してるのです,懐かしい。
    その時よりは整備されているのでしょうね。
    しかし,私は当時車道で上がったので,登山道がこれほど急とは。。。安易に考えていました。
    良く晴れた日に再訪したいですな
    こにる

    1. こにるさん、まいどです!
      車道というのはGoogleMapで見ると有子山城の東側から主郭まで伸びてる道ですね。次回はぜひ、出石城裏の登山道で!
      有子山城跡や此隅山城跡は、近年は地元のボランティアさんたちによって石垣や堀切の草刈りが毎年なされているそうなので、15年前よりかは時期によっては非常に見やすくなってるかもですね。ぜひ一日時間を作られて出石3名城めぐり、オススメです。

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