有子山城 [1/4] 山麓の出石城跡からロープを伝って岩場を直登

有子山城は出石城裏の山頂310mにある中世山城で、戦国時代に山名氏が築いたとされる。山上の山城部(詰の城)と、山麓の居館部に分かれる。それまでの本拠であった此隅山城が「子盗み」を連想することから「有り子」と名付けたと伝わる。有子山城は織田軍[羽柴秀長]により攻められ落城、秀長は石垣造りの山城に改修した。その後 小出氏が城主の頃に麓の居館跡に近世城郭 出石城が築かれ、一国一城令で山上の有子山城は廃城とされた。山頂の長大な石垣に代表される織豊時代の主郭部分と、堀切や段曲輪などの山腹部の中世遺構が残る。

有子山城<基本データ>
●名称: 有子山城 [ありこやまじょう]
●所在: 兵庫県豊岡市 (マップ)
●築主: 山名祐豊 / 羽柴秀長
●築城: 1574年(天正2年) / 1580年 (天正8年)
●遺構: 石垣、堀切、曲輪
●関連: 但馬國出石観光協会HP


<訪問記>

ariko-0001bs-9983有子山城跡は、出石城の裏山にある。中世山城(を羽柴秀長が石垣造りに改良した)の有子山城の居館跡に築いたのが出石城なのだが、山上に残る中世山城・石垣はほぼそのまま残る。出石城のある山麓から山を見ると、山上に残る石垣が見える。写真では分かりづらいが、矢印の先、平になっているところが石垣。肉眼だと色の違いもありクッキリ見える。石垣の上に乗って手を振ると山麓から視認できるほど。駐車場の奥に見える石垣は出石城。有子山城跡へは、出石城向かって左側の石段(稲荷参道)を上がった先にある登山道へ向かう。

ariko-0002as-0276稲荷参道の前の赤い橋(有子橋)の前に「山名氏城跡(有子山城跡)」の説明板があった。応仁の乱で有名な但馬山名氏の本拠地「此隅山城」が織田軍に攻め落とされると、新たな本城として1574年、有子山城が築かれた。しかし1580年に再度 織田軍に攻め落とされ、羽柴秀長により石垣造りの詰城となり、江戸期の一国一城令にて廃城となった。説明板の縄張図にて、山腹部の小さな曲輪が階段上に続き堀切が遮るあたりが中世山城の跡で、山上の石垣造りの主郭・千畳敷が織豊時代の跡。山全体の随所に堀切が残る。

ariko-0024では有子山へ登ろう。出石城向かって左端の長い石段を一番上まで登ると「有子山登山口」の看板が現れる。ここまでが出石城跡、ここから先が有子山城跡。

ariko-0026史跡 有子山城跡 の石碑。なかなかキレイな石碑だと思ったら、平成18年建立。ちなみに往時の登城路はパンフによるとこの道をまっすぐ進むのだが、正面はがけ崩れ防止のためか塞がれてしまっている。現在の道は少し迂回するように段曲輪へ入り、中世山城跡沿いに登っていくルート。

ariko-0031上の写真には写っていないが、石碑の左側に建っている看板に掲載されている、有子山城跡までの道順。イメージ図ではあるが、基本的にまっすぐ登って行き、途中で右に大きく曲がり、石垣の右側から主郭へ上がるルートとなる。実際はあちこちに案内板が建っており、それに従って登っていくだけなので、迷うことは無い。難易度は初中級、歩行時間は1時間40分、とある。これは往復時間かな。

ariko-0034では登山道へ。いきなり岩場を直登。しんどいだけでなく、登りづらく滑りやすいので要注意。これで初中級ということは、上級だとアイゼン・ザイル必須レベル? 当時の人はこの道ではなくもう少し西にあった普通の登山道。楽かどうかは不明(現在通行不可)。

ariko-0036sずっと岩場が続くわけではなく、普通の登山道の場所もあるが、角度はこの通り。石仏にご挨拶して、坂をあがる。

ariko-0040sx1山腹部に連なる段曲輪の最初と思われる場所。本丸まで850メートル、が、嬉しいやらしんどいやら。小休憩して、再び登る。

ariko-0041またまた直登岩場へ。トラロープ出現。無理せずロープを伝って上がろう。登りよりも、下りが怖いかも。

ariko-0042延々と続く岩むき出しの急坂。当時の道ではないので仕方がない。トラロープを辿って上がるも良し、敢えてロープを離して左側を迂回して登るもよし。

ariko-0045次のミニ曲輪へ。本丸まで720メートル。余り進んだ気がしない。ここからは段曲輪に入り、しばらくゆるやかな道が続く。

ariko-0047段曲輪の途中に残る堀切跡。

ariko-0048尾根道。ゆるやかで登り易い道に、ホッと一息。

ariko-0050と思いきや、岩道ではないものの急坂が現れる。階段状に木が埋められているが、トラロープが設置されている。パンフの縄張図によるとこのあたりは小さな曲輪が段々に築かれていた場所あたりか。

ariko-0054段曲輪の先端にある巨大な堀切と、それを渡るための土橋。うつくしい。

ariko-0056土橋の上から堀切を見る。なかなかのV字っぷり。

ariko-0062巨大堀切と土橋を上から見下ろす。

ariko-0065ここから先はずっと急坂。一応トラロープが張ってあるが、端っこすぎるので、諦めて真ん中の階段を登ろう。

ariko-0067登ること数分。なんとか、上が、見えてきた。

ariko-0069縄張図によると、ここが有子山城跡 最北端の曲輪のようだ(段曲輪除く)。本丸まで500メートル、縄張図によるとここまでくれば本丸(主郭)はすぐ上なのだが、登城路は西へ迂回するようなルートとなっている。直登も出来ないこともなさそうだが、西側にも遺構は残るため、現在の登城路に沿って進もう。

ariko-0072曲輪の正面に大きく積み上げられた土塁の脇を進む。土塁の上には見張り台的なものがあったのだろうか、絶好の射撃ポイントだ。

Part2ではいよいよ巨大石垣が眠る主郭へ。

>> 有子山城 [2/4] へ続く。<<


訪問時期:2014年10月
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