名古屋城 [3/8] 威風堂々、ヒノキが香る木造復元 本丸御殿へ。

名古屋城前回までの名古屋城 訪問記。

二之丸を散策。埋門跡、辰巳櫓を見て、西之丸へ。二之丸と西之丸の間には当時、大手馬出があったが、名古屋離宮時代に馬出と西之丸を遮る堀が壊されたことで、どこまでが馬出だったのかが分からなくなってしまった。ようなところを見て回る。そして現存の表二之門から、本丸へ。


<訪問記>

西之丸(大手馬出)から本丸へ向かいます。

nagoya-7173本丸の南側正門にあたる、表二ノ門。表門枡形の外側の高麗門。米軍の無差別爆撃にも耐えた現存だが、破損が激しいからか、鉄骨で補強されているのが、痛々しい。ただパンフに載ってた写真には鉄骨が無いので、訪問時はたまたま工事中だったのかもしれない。

nagoya-7174本丸表門枡形へ。そう言えば、工事用の三角コーンが建っている。

nagoya-7176表二ノ門 内側から。高麗門の特徴である、控柱(後ろの柱)の出っ張り部分が鉄骨でガッツリ覆われている。

nagoya-7177表二ノ門をもう少し離れて。門左右の袖塀も現存、鉄砲狭間が開けられているが、土塁に登るための雁木(石段)は無く、土塁をそのまま登る感じ。

nagoya-7178表門枡形の正面。登城したものを威圧し、幕府の威厳を示す鏡石(巨石)が埋め込まれている。そしてこの右側は表門枡形の出口にあたる表一ノ門跡。現存していたが、米軍の無差別爆撃により焼失。

nagoya-7179本丸表一之門跡 説明板。二階建て櫓門だった。

nagoya-7181枡形を越えると正面に見えてくるのが、先ほど外側から見た東南隅櫓(辰巳櫓)。外側は唐破風に出窓に千鳥破風がびっちり築かれ勇壮かつ荘厳な雰囲気だったが、内側はこのとおり、入口と窓が僅かにあるだけのノッペラボー状態。残念ながら立入禁止。

nagoya-7183東南隅櫓 説明板。周囲には土塀ではなく、多聞櫓が本丸周囲を囲んでいたようだ。かつては武具が納められていたという辰巳櫓は、外観は二層だが中身は三層構造。櫓の上に乗っている鯱瓦は、明治になって江戸城から移設されたものだとか。

nagoya-7185sそして視線を左へやると… 復元された、ピカピカの、本丸御殿 (の玄関[車寄])!

nagoya-7186早く御殿を見たいが、落ち着いてまずは御殿の説明板から。藩主住居として創建時の1615年に建てられたが、三代将軍 家光公の上洛にあわせ上洛殿が増築されて以降 本丸御殿は将軍用となり、藩主は二之丸御殿へ移ったという。明治以降も本丸は陸軍省から宮内省の所管となり、姫路城の保存にも活躍した中村重遠大佐の尽力等もあって、本丸内の建造物は全てそのまま残されることとなった。明治中期の濃尾地震で破損した多聞櫓が取り壊しとなるも、御殿、御門、隅櫓、大小天守はそのまま現存。しかし昭和20年5月、米軍による無差別爆撃により、2つの櫓と表二之門を除く、ほとんどの建物は焼失してしまう。戦後、大小天守は鉄筋コンクリート造で再建。更に平成20年、本丸御殿の復元工事がスタート、平成30年完成予定、総予算150億円。御殿は完成した部分から順に公開されていて、現在(平成27年1月)は玄関・表書院部が内部公開されている。

nagoya-7188s説明板で本丸御殿の経緯を軽く学んだところで、さっそく復元御殿のうち、完成した玄関部・表書院を見ていこう。ちなみに御殿の入口は、ここ(玄関部・車寄)ではなく、右奥の勝手口(?)。

nagoya-7192s本丸御殿の車寄。一見入口にように見えるが、ここは将軍など正規の来客のみが利用を許される場所だったとか。そのため、一般見学客の我々も、車寄は見るだけで、利用できない(中に入れば内側からも見られる)。鬼瓦、飾金具などには、葵の御紋がズラリ。天然のヒノキがふんだんに使われているとか。中でもこの車寄の本柱は御殿の中でも最も太いヒノキ柱だとか。

nagoya-7194s御殿玄関を右に進み、御殿の右側へ。本丸御殿の現在の入口はここ。

nagoya-7195s本丸御殿の中へ。土足禁。よくある「ビニール袋に靴を入れて御殿内ずっと持ち歩き」方式ではなく、ロッカー方式。スリッパも貸してくれる。

nagoya-7196名古屋城本丸御殿 復元予定図。黄色が公開中、青が工事中。矢印で示してあるとおり、各部屋の前の廊下まではいけるが、部屋の中には入れず、外から見るだけのようだ。畳が傷むし、中には絵を触ったり床の間に座り込む輩(外国人)も居るだろうから、その方が良い。

nagoya-7197現在の入口から入ってすぐの「中之口部屋」。説明板によると「実質的な玄関」とあるので、当時(少なくとも江戸末期)は、車寄の玄関は使われず、ここが入口であり玄関だったようだ。現在は靴置き場(ロッカー)およびパンフ置き場。また土日祝など訪問客が多いときはここで並ばされるのか、テーマパーク等でよくある並び用の簡易迷路が作られていた。訪問時は平日なので素通り。

nagoya-7200s中之口部屋から細い廊下を通って、まずは玄関部へ向かう。突き当りを左へ。

nagoya-7203玄関部の中身。ここは玄関(奥の部屋)と表書院とを繋ぐ「大廊下」。幅6mもあるという。外で見た「車寄」の内側は、奥の玄関にあたる。真新しいヒノキの色が綺麗。

nagoya-7205御殿内には色々説明板が設置されている。その中の一つ、本丸御殿の復元手法について。木曽ヒノキ、釘を使わない伝統工法、復元模写による当時の色彩を再現した障壁画。徹底的なこだわりだ。また内外の多くの写真が残されていることも復元に役だっているようだ。説明板の写真も消失前の本物の写真(玄関一之間)。

nagoya-7206玄関・大廊下 説明板。将軍など正規な来客のみが利用できた。

nagoya-7208s玄関へ。先ほどの地図によると「玄関」とは左側のふすまの奥の2つの部屋(手前が一之間、奥が二之間)で、今居るこの廊下は「入側」というようだ。右側の木戸の奥が「車寄」。

nagoya-7209a-7212車寄 説明板。外にあったものと同じ。

nagoya-7211玄関 一之間 内部。金ピカの床の間、虎の障壁画・襖絵。

nagoya-7214一之間より少し広い、玄関 二之間。床の間は無いが、ぐるりと囲む壁という壁に金地の虎の障壁画描かれている。この威圧感。かなり眩しい。

nagoya-7215玄関 二之間 を別角度から。一之間との間を繋ぐふすまにも、金ピカの虎の襖絵が描かれる。金ピカの障壁画がよく光るよう、控えめにライトアップされていた。もちろん復元なので伝統などの備え付け照明設備などはなく、仮設置のライトによるもの。御殿の中は(障壁画保護のため)フラッシュ禁止だが、フラッシュ無くても十分写る。

nagoya-7215a-7207本丸御殿 玄関にあった釘隠し。ド派手。

nagoya-7217s玄関から大廊下を渡って、表書院へ。藩主が来客・家臣との公式な謁見場所として利用されていたという。手前から、三之間・二之間・一之間および上段之間。

nagoya-7223表書院 三之間。かなり広い。

nagoya-7226表書院 説明板。表書院の各間をぐるっと囲むように廊下が走る。通常は部屋には入れず廊下(入側)のみの通行となるが、訪問時なんと期間限定で一之間のみ立ち入り可能だった!ラッキー。

Part4では表書院 一之間の見学へ。

>> 名古屋城 [4/8] へ続く。<<


訪問時期:2015年1月
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