二本松城 [3/6] 三ノ丸奥は巨木あり茶亭あり滝ありの回遊式庭園

二本松城前回までの二本松城 訪問記。

箕輪門前の二本松少年隊の迫力ある銅像を見てから、箕輪門へ。巨大な石垣の上に、立派な二層隅櫓・櫓門・多聞櫓・土塀などが復元されている。枡形を越えて、三ノ丸へ。菊人形展の準備中で見られる場所は限られていた。


<訪問記>

nihonmatsu-9244三ノ丸は現在 菊人形展の準備期間中ということで、朝早く(※まだ8時過ぎ)からせっせと人形制作をされていた。邪魔にならないように順路に沿って進む。

nihonmatsu-9247三ノ丸にも、城の前で見た戒石銘碑があった。こちらは小さくキレイなのでレプリカか。菊人形でこの戒石銘碑を造った五代藩主 丹羽高寛が展示されるのだろうか、名前の木札だけ建てられてて人形はまだない。奥の小さい丘の上には洗心亭が見える。

nihonmatsu-9248三ノ丸を抜ける。洗心亭へは左(下)へ。

nihonmatsu-9249霞池のそばを通って奥へ。洗心亭にて抹茶販売中! だが時刻はまだ8時過ぎ、やってない。江戸時代の茶亭(移築復元だが)で抹茶を頂きたかった。

nihonmatsu-9250道すがら「七ツ滝」と書かれた場所があった。もしかして、見えている小さな段差が、七ツ滝の一部?ちっさ。もっと上にもっと立派な滝があるのかもしれないが未確認。

nihonmatsu-9251豪快に道を塞ぐ巨木。ながらスマホだと衝突不可避。

nihonmatsu-9252霞池を越えて洗心亭の下まで来た。石段の上に見えるのが洗心亭。石段横の説明板によると、前身は墨絵の御茶屋と呼ばれた城内茶亭の1つで、幕末期のがけ崩れで倒壊したため城外にて再建され、明治40年に再びこの地に戻されたという。17世紀中頃(1650年頃)には建てられており、丹羽家初代藩主の丹羽光重公も愛用したという記録がある。

nihonmatsu-9256-s洗心亭。茅葺屋根!訪問時は水撒き中だった。朝早くからお疲れ様です。

nihonmatsu-9256a-9254洗心亭は三ノ丸奥の丘陵上にある。霞池および三ノ丸方面を見下ろすとこんな感じ。

nihonmatsu-9257では、更に丘の上へ行ってみる。

nihonmatsu-9258本宮館跡という曲輪へ。

nihonmatsu-9259奥には小さな社がある。丹羽神社、歴代の藩主を祀る。

nihonmatsu-9260丹羽神社のあたりから下を見下ろすと、独特の形をした巨木が!降りてみよう。

nihonmatsu-9263霞ヶ城の傘松。樹齢300年の赤松の巨木だとか。

nihonmatsu-9265内部の様子。木の骨組みでかなり頑丈に支えられている。

nihonmatsu-9267洗心滝。このあたり(中腹)には小さな滝がいくつも有る。

nihonmatsu-9274小さいながらも勢い良く水は流れていた。

nihonmatsu-9280舗装された道路に出た。舗装道路を左に進めば見晴台、右へ進めば本坂御殿方面。ここは階段を上に上がり、少年隊の丘と名付けられた曲輪跡へ向かう。

nihonmatsu-9281まさに山を登る感じ。

nihonmatsu-9283広い曲輪へ出た。少年隊の丘とされる曲輪は更に奥のもう1段上にあたる。ここには歌碑などが並んでいた。城跡にありがちだが、御城とは関係がないのでスルー。

>> 二本松城 [4/6] へ続く。<<


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中