山形城 [2/4] 本丸正面の一文字門は櫓門を除いて復元が完了。

山形城前回までの山形城 訪問記。

駅前のタワービル 霞城セントラル 24階展望台から山形城跡全体像を見る。そのままビルの北側へ降りて、南追手門跡から城内へ。城内は二ノ丸堀と門跡、土塁を除いてほぼ破壊されているが、近年内堀内部の本丸復元が進んでいる。復元された内堀、本丸土塁、石垣の本気っぷりに驚く。


<訪問記>

本丸内堀沿い鋭意ガン見中。

yamagata-8913いよいよ、本丸復元建造物第一弾、一文字門大手橋へ。

yamagata-8914内堀の折れ曲がり具合。

yamagata-8915山形城の堀・土塁 説明板。発掘調査の結果、土塁裾には護岸石垣、中段内部にも古い時代の石積みが見つかったとか(残念ながら埋め戻し)。遺構の保存をすべく、現物の上にシート等を敷いて、其の上に土を持って現在の土塁を復元したとか。将来的には水を入れる予定。

yamagata-8917橋を渡った所、本丸入口枡形の高麗門も復元されている。

yamagata-8921本丸一文字門の正面へ。右側にある巨大な石垣台の左半分ぐらいに、巨大な一文字櫓(櫓門)が建っていた。復元にあたっての説明板がある。

yamagata-8922本丸一文字門 説明板。櫓門(未復元)、枡形、高麗門の総称。櫓門「一文字櫓」はかなり横長で一文字に見えるから一文字櫓→一文字門、ということのようだ。橋、石垣、土塀、土塁が復元され、あとは一文字櫓の復元を待つばかり。

yamagata-8923橋の正面から。橋の手前の柵は、橋に連結するために二ノ丸から突出した部分で、落ちないように柵が設けられているもの。

yamagata-8924橋の手前には、少し上から一文字門全体を見ることが出来る見学台がある。恐らく石垣復元工事の頃から工事の様子を見ることが出来るように設置されていたものだろう。

yamagata-8926見学台の上からの様子。余り高さがないので枡形の内部までは見えない。石垣復元工事時は土塀が無かったので枡形内部の様子まで見えた、かも。

yamagata-8927見学台を降りて再度門の前へ。正面から見るより、少し角度をつけて橋の橋脚なんかをチラ見できるこういう構図もいい感じ。

yamagata-8928では大手橋へ。往時は右側の石垣の上に、向こう側が全く見えないぐらいの高さで横長の櫓門が建っていたかと思うと興奮する。復元!

yamagata-8929大手橋の上から、東内堀を見下ろす。

yamagata-8930枡形内部へ。枡形西側(正面)の土塀を越えて、石垣の一番端まで一文字櫓が伸びていた。すごい。

yamagata-8931振り返って、橋の先にあった高麗門。木も漆喰もピッカピカ。

yamagata-8932そして、枡形から本丸への入口、一文字櫓門跡。まだ復元はされておらず、木の柵があるのみ。本丸内部は鋭意発掘調査中だが、中を見学することが出来るようだ。

yamagata-8933ふと振り返る。土塀に連結する高麗門。土塀に設けられた狭間。そこに登るための雁木(石段)。出来立てのお城もいい感じ。

yamagata-8934本丸内に設置されていた、石垣復元工事事業の巨大看板。一文字櫓は復元したくても当時の姿を克明に記した古写真・古絵図など復元に必要な史料が足りないようだ。

yamagata-8935本丸内部では色々発掘が行われているようで、目の前には石積み井戸らしき跡があった。発掘して出てきたものなので、クレータの底に穴があるようで、まるでサイヤ人が地球に降り立ったときのカプセル宇宙船の跡のようだ。

yamagata-8937本丸中央には、発掘のため掘り下げた土が盛り上げてあった。本丸は内堀も含めて明治にここに駐屯した陸軍により「埋め立てられた」ため、全体的に土が盛ってある状況。

yamagata-8938一文字櫓の石垣は少し北に伸びており、そこには石段がついていた。往時はこの上に土塀があり、二ノ丸および橋周辺の敵を銃撃できるようになっていたようだ。

yamagata-8939本丸内部を散策するが、土が盛ってあるだけで、特に何がどうなっているのか発掘調査中のためよく分からなかった。掘った土の中から出てきたのか、石垣石材と思われる石がずらりと並べられている。

本丸の北側と西側は内堀も復元されておらず、工事中の様相だったので、再度 本丸を出て二ノ丸の散策へ移る。

yamagata-8940a-8919一文字門を出て右(南)へ行くと、丸い西洋風建設の建物が目立っていた。済生館と看板が掲げられている。

yamagata-8940b-8918旧 済生館 本館。現在は山形市郷土館。明治11年に建てられた病院で、三層楼として親しまれた高さ24mのタワーで、昭和44年にこの地に解体復元されたそうだ。

建物の裏には詩人やら何やらの碑がいろいろあったが城跡とは余り関係がなさそうなのでスルー。続いてもう1つの復元建造物・東大手門 方面へ向かうべく、内堀に沿って北へ進む。

>> 山形城 [3/4] へ続く。<<


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
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訪問時期:2014年10月

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