仙台城 [6/6] 護國神社の英霊顕彰館で近現代日本を再認識。

仙台城前回までの仙台城 訪問記。

往時の仙台城の顔とも言える大手門跡へ。破却を逃れ昭和まで一式が現存していたが、米軍の無差別爆撃にて大手門および二層脇櫓が焼失。その後復元された脇櫓と対向の石垣とで在りし日の大手門の姿を想像。そのまま大手道をあがって中門跡から再度 本丸へ。


<訪問記>

sendai-8790中門跡から更に本丸方面へと向かう。2つの灯籠が見えてきたら、ここが前回登ってきた政宗時代の登城路と現在の大手道との合流点、沢門跡。

sendai-8792そして道は大きく曲がり、例の本丸高石垣へ。夜見る幻想的な雰囲気とは一転して、何者も寄せ付けない力強い雰囲気! 正面の角っこには古絵図によると二層の隅櫓(艮櫓)が建っていたようだ。そこから右奥の詰ノ門と脇櫓までの間は土塀。

sendai-8794本丸高石垣に沿って詰ノ門方面へ進む。正面の石垣が飛び出た部分の上には三層の脇櫓が建っていた(が地震で倒壊)。

sendai-8795この本丸高石垣には刻印石がよく見られる。一般的に刻印石は誰がこの石を手配したのかを示す印であり、多数の大名が協同して築城した「天下普請」と呼ばれる城で見られる事が多い(大坂城、江戸城など)が、伊達氏の仙台城でも多く見られるようだ。これは「#」井桁。

sendai-8796そして高石垣を越えて本丸への入口となる、詰ノ門跡へ。前回はこのまますぐに本丸へ向かったが、今は時間があるので少し周囲を見てみよう。

sendai-8796a-8858まずは詰ノ門跡から更に登城路を奥に進むと、本丸に沿って道が続き、その先には西門跡が残るのだが、その付近の石垣が地震で崩壊しており現在修復工事中で立入禁止。

sendai-8797では詰門跡を越えて本丸へ。正面左へ向かうと本丸だが、右へ向かう細い道もあり、そこからは西門跡方面へ向かうことができるが、当然そちらも立入禁止。

sendai-8799詰ノ門跡から西門跡方面へ向かう道。金網扉が閉められていて立入禁止。覗きこむと、分解された(あるいは補修用?)石垣石材が積み上げられていた。

では本丸へ。騎馬像、金鵄像、資料展示館や見聞館は見たので、それ以外の主に遺構類を見て回ろう。

sendai-8833a-8840まずは往年の仙台城を代表する建物と言われた、断崖絶壁に張り出すように(清水寺風)建てられていたという「懸造」跡。跡はほとんど残っていないが、古絵図から歌碑の南東付近と推定されているとか。

sendai-8833b-8842このあたりが、懸造があった場所か。跡はまったく残らない。

sendai-8833c-8839懸造跡の近くには、発掘調査で発見された井戸跡と石組み跡が見つかったという説明パネルが掛けられていたが、埋められてしまったのかどこが井戸跡かは分からず。御殿の給排水用と思われるとか。

sendai-8834a-8836更に奥へ。本丸の最奥部にあったという「巽櫓跡」。巽(たつみ)=南東。僅かに土塁の盛り上がりらしき跡が見受けられる程度。

sendai-8835巽櫓跡 説明板。こちらも地震で倒壊し以後再建されなかったとか。跡が殆ど残らないのも致し方なしか。説明板には発掘調査で石垣が確認されたとあるが、埋め戻したのか、本丸側からは見えないのか。

sendai-8843本丸の周囲、特に南側はこのように土塁がぐるりと周囲を囲っていた。

sendai-8844s巽櫓跡から土塁に沿って本丸南西方面へ。護國神社の大鳥居がこちらにもあった。こちらは朱色。詰ノ門側と違ってこちらは車で入れるようになっているためか、警備員が何人か配置されていた。

sendai-8845a-8849仙臺城鳥瞰図。こちらは本丸の裏手、搦手口に当たるようだ。往時は埋門(うずみもん)があり、そこから出ると渓谷沿いに山道が伸びていた。今は車道。

sendai-8846埋門跡 説明板。平屋瓦葺きの小さな門が建っていた。門は西向きで、門の前で二回折れ曲がる構造になっていたとか。現状を見てみよう。

sendai-8847埋門跡 現状。石垣や礎石などは車道に整備されてからか全く残っていなかったが、この先は道が更に大きく右側に折れ曲がっており、道の形はそのまま残っていた。埋門は西向きだったということなので、門があったのはこのあたりか。

sendai-8850a-8800では昨日 閉門で参拝できなかった、宮城縣護國神社へ。美しい赤い社殿。ちなみにこの左奥の山の中あたりが(建てられなかったが)天守台跡とされる場所なのだが、入口が分からず中も完全に山っぽくて散策は断念。

sendai-8850b-8804護國神社境内にあった英霊顕彰館。先の大戦で亡くなった方々の最後の言葉などを特集した特別展示を開催していたので見学。有料。

sendai-8850c-8808英霊顕彰館 内部。いわゆる特攻で亡くなった英霊の写真および大戦への経緯、遺品などが展示されていた。詳しい内容に思わず見入ってしまい、思わず30分ほど見学。戦争、特攻などの是非はさておき、彼らの尊い犠牲があってこその現在の日本があることを忘れてはならない。こちらは現ベトナムサイゴンで終戦時に奉焼された軍旗を復元したもの。

sendai-8850d-8823いろいろ興味深く日本人として見るべき知るべき展示がなされていたが、ここはお城サイトなのであと1枚だけ。東京裁判のインド代表判事による、裁判後の言葉。非常に興味深く、個人的に判決文原文を読んでみたいと思った。

sendai-8850e-8833奥には大和を始めとする日本軍の軍艦模型がズラリ。縮尺が揃えられていたので、大和の大きさが際立っていた。

sendai-8860以上、仙台城跡 散策終了。初日2時間弱、2日目1時間強の、合計3時間。駅からも遠く、登山口からもそこそこ距離があるので、それなりの時間を計画して巡ろう。


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月
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