大坂城 現存櫓 特別公開編 [2/4] 大手口渡櫓を貫く豪快な極太梁は必見

大坂城現存櫓前回までの大坂城 現存櫓 特別公開イベント。

やはり大坂城は(南西の)大手門から。外壁工事中のシートで覆われた大手門から城内へ入り、さっそく最初の公開櫓・大手口多聞櫓へ。薄暗い内部は板張り・梁むき出し・石垣には銃眼がズラリという戦闘モードそのままで、天守がコンクリート造りなこともあり、やっぱり本物のお城だったんだと何度訪れても見入ってしまう。


<訪問記>

大手口多聞櫓の渡櫓(櫓門の上層部)へ。

osaka_yagura-1990渡櫓の真ん中の一番広い部屋へ。ちょうど櫓門の真上にあたり、格子窓の下には石落としがずらりと並ぶ。ここは櫓ゆかりの品々の現物展示コーナーになっているようだ。

osaka_yagura-1992s少し角度を変えて。渡櫓の屋根中央を貫く太い梁!さすがに一本木ではなく、途中で何箇所か継いであった。

osaka_yagura-1992sa-2034展示物よりもどうしても梁に目が行ってしまう梁ファン。梁の継ぎ目の部分。接続部分をかんなで削って継ぎ目を見えなくするようなことはせず、太さも違うまま豪快に繋げている。

osaka_yagura-1993さてでは下の展示を少し見てみよう。櫓解体修理遺品。千貫櫓は築城時(江戸初期)、大手口多聞櫓は一度火事で燃えているので幕末の築造。これらは昭和の解体修理の際に取り替えられたもの。

osaka_yagura-1994多聞櫓鯱瓦。幕末当時のもの。米軍の爆撃にも耐えて残ってきた鯱。ほとんど壊れていないのもすごい。

osaka_yagura-1996一番櫓 破風懸魚。寛永期(1624-1645)のものだとか。さすがに木材(しかも雨ざらし)はボロボロになる。

osaka_yagura-1999s続櫓の奥の方へ。さらに奥に小さな部屋もあるようだ。続櫓は合計4つの部屋に分かれていた。ここはモニターによる映像展示のみ。なんだか古そうな映像だったので特に見ず。モニターが最近のHD液晶で、映像が古い(VHS時代)と、ボヤボヤすぎて見る気がおきず。DVDですらボヤボヤなこのご時世、フルHDで作りなおそう!制作費はBDで売って回収すればよし。この手の美麗映像はなかなか手に入らないことが多いので城ファンは出たら買うと思うんだがなあ。

osaka_yagura-2000a-2030三番目の部屋の梁。かんなで細かく削って丸く仕上げている。が、奥の二番目の部屋からつながってきている梁は四角いまま。この繋がりっぷり!

osaka_yagura-2001強引な接続ポイントをアップで。すごい迫力。この違いは担当した大工のこだわりだろうか。

osaka_yagura-2002s一番奥の小部屋は一段下がって土間になっていて、そのまま外に出れば土塀伝いに千貫櫓へ繋がるようだ。千貫櫓も公開されているので、そのまま向かう。

osaka_yagura-2002sa-2028続櫓 四番目の部屋の状況。梁が部屋の壁を突き抜けている、お城や城下町などの古い木造建築などでよく見られるこの構造は見ていて迫力があって大好き。実際 強度も素人ながらに壁で切ってしまうより強そう。

osaka_yagura-2003さて続櫓を出て土塀の内側、武者走りを通って奥にある西ノ丸 千貫櫓へ。

osaka_yagura-2005土塀の銃眼から外を覗いてみる。この外は外堀、幅は50mぐらいありそうなので、ここから鉄砲を構えても外の敵には届きそうもない(当時の火縄銃は射程が50mとのことで、江戸期の近代城郭の外堀幅は50mが一種の基準になっているそう)。もっとも大砲があるのであくまで火縄銃でピンポイントに狙撃されるのを防ぐ役割のみ。

osaka_yagura-2006a-2026では千貫櫓へ。こちらも外壁工事中、西ノ丸からだとシートで全く見えない。

osaka_yagura-2011千貫櫓 内部。続櫓とは異なり外周には武者走りの廊下、中央は4つの部屋に分かれ、二層目への階段がある構造。堀に面しては石落としがある。

osaka_yagura-2011a-2010千貫櫓 説明パネル。千貫櫓の名前の由来は石山本願寺時代にさかのぼり、信長公が本願寺を攻めた際このあたりにあった難攻不落の櫓に対し落としたものには千貫文与えても惜しくはないと言ったことに由来するとか。それ以来 大手の要となるこの地の櫓を千貫櫓と呼ぶそうだ。解体修理時に「元和六年」の墨書きが見つかったことから創建年月が判明。元和六年=1620年、まさに400年前の櫓だ。

osaka_yagura-2011b-2008千貫櫓の大手門側 格子窓から見た景色。まさに大手口を駆け上がってくる敵の姿が一目瞭然。

osaka_yagura-2012中央の4つの小部屋。敷居があり溝も彫られていることから、ふすま あるいは戸板を入れる構造になっているようだ。中には畳が敷いてあった?のかもしれない。

osaka_yagura-2013なかなか広い千貫櫓。広さが分かるような構図で一枚。

osaka_yagura-2015s梁の上には、改修工事で取り替えられたと思われる旧木材が保管されている。幾つかは先程の渡櫓で展示もされていた。

osaka_yagura-2017千貫櫓の奥へ。壁には懸魚が飾ってある。

osaka_yagura-2021壁に貼ってあった懸魚。これも創建当時の懸魚(破風の内側に張る修飾を施した目隠し板)を改修工事時に取り替えたものだろう。説明が欲しいところ。

>> 大坂城 未公開櫓 特別公開 [3/4] へ続く。<<

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訪問時期:2014年11月

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