多賀城 [前編] 要注意!国府多賀城駅にはコインロッカーがない!

多賀城は奈良時代(平城京)に大和朝廷が陸奥国府(政治拠点)・鎮守府(軍事拠点)として構築した古代城柵で、律令制度に従わない東北 蝦夷(えみし)の統治を行うために造られた多くの城柵の中でも極初期のものにあたる。鎮守府は蝦夷との戦いが展開するに併せて北行したが多賀城は陸奥国府として東北における大和朝廷の政治の中心地として栄えた。10世紀半ば頃には衰退したとされるが、南北朝時代にも陸奥守に任ぜられた北畠顕家が多賀城に入るなど記録が残る。現在 発掘調査で多くの遺構が発見され、平面復元および保存整備が行われている。

多賀城<基本データ>
●名称: 多賀城
●所在: 宮城県多賀城市 (マップ)
●築主: 大野東人[おおの あずまびと]
●築城: 724年(神亀元年)
●遺構: 御殿跡、門跡、石段跡
●関連: 多賀城市観光協会HP


<訪問記>

tagajo-8447仙台駅からローカル線で15分。国府多賀城駅に到着! 小さいけれどキレイな駅。なんと100名城スタンプは現在この駅にある。写真奥向かって左、角の公衆電話の向こう側においてある小さな机の上に、ハンコが直接置いてある。が、スタンプはあっても何故か荷物を預けるべきコインロッカーが見当たらない。多賀城跡へは正面のガラス戸から下に降りた方向のようなので、駅の下に無いか探してみる。

tagajo-8448駅にあった多賀城跡 周辺マップ。地図によると駅から15分ぐらいで多賀城政庁跡にたどり着くようだ。駅の反対側には歴史博物館と廃寺跡がある。多賀城碑とその先の政庁跡を目指そう。

tagajo-8449なんと多賀城にも “ゆるキャラ” が居た!ひこ◯ゃん一人勝ちは許さないもんね!いざ出陣!「たがもん」… がんばれ。

tagajo-8450駅を出る。駅前にガイド施設のような小屋があったが、中の人はおしゃべりに夢中? であまり相手してもらえず。コインロッカーの場所だけ聞いてみたら駅2Fにあるとのことで、再度行って探したが見つからず駅員に聞くと駅には無い!とのこと。結局 多賀城跡までずっとトランクを持ち歩くことに…! 旅行者に手厳しい国府多賀城駅。荷物は仙台駅で預けよう。

tagajo-8451では改めて(諦めて)多賀城跡へ向かおう。駅前には館前遺跡という役所跡の遺跡があり、そこを越えて行けばいいようだ。地図を見てもいまいち分からないが、まあ随所に案内板があることを期待して、館前遺跡へ。

tagajo-8452奥の土塁の上が館前遺跡。

tagajo-8453土塁の上へ。何もない。中央に説明板が一つポツンと建っている。

tagajo-8454館前遺跡 説明板。多賀城 築城の少し後ぐらい、9世紀前半の役所あるいは邸宅跡と思われる遺構がここで発見されたとのこと。大きさはこれから向かう政庁正殿と同じぐらいという大規模なもの。しかし完全に埋め戻されてしまったのか、今は見た目ただの土の山になっている。

tagajo-8455もう1つ、もう少し詳しい看板があった。何故2つ? 掘立柱建物6棟が出土したが、うち1棟は四面に廂(ひさし)の付く格式高い建物跡で、政庁正殿と同じ形式ということから、ただの役所跡ではない重要な施設だったことが伺えるという。

tagajo-8456では館前遺跡から多賀城跡へ向かって進んでいこう。ちょっと分かりづらいが、一応 城跡を指し示す看板がいたるところにあった。結構道を曲がらないといけないので、この看板が現地では頼り。目の前に建つ青い看板がそう。矢印の指し示す砂利道を進む。

tagajo-8457青い看板は今度は右を指している。

tagajo-8458壊れているが、かろうじてこの道を進めばいいことが分かる。壊れる看板なら、城跡らしく石碑にしてはどうでしょう。

tagajo-8460今度はこの田んぼと林の間の細い道を奥へ。看板が無いと地図では迷うこと必至。

tagajo-8461しばらく進むと丘の上へのぼっていく。

tagajo-8463丘の頂上手前で道がふた手に別れる。実は左に進むと「外郭南門」跡へ通じていて、そこは現在発掘調査中で見られないので真っ直ぐ進む(回避する)道を作りました、というのが右端に見える看板。発掘調査中ということだが一応見に行こうと左へ。

tagajo-8464s外郭南門跡の発掘現場。いろいろ掘り返しているがビニールシートが掛けられていてよく分からない。史跡保護のため仕方ないか。

tagajo-8465発掘現場の周囲を一周。外郭南門跡という石碑があった。よく見ると、発掘現場の真ん中あたりに外郭南門の説明板と思われるパネルが見えるが、到達できない。パネル移設して欲しい。

tagajo-8466当時の外郭南門を推定した絵図。奈良時代後半ということは8世紀後半か。政庁正面からここまで350mもの直線道路が伸びていたという。

tagajo-8467一部ビニールシートが覆われていなかった場所。建物の跡らしき凹凸が見える。

tagajo-8468a-8473外郭南門跡を少し離れて全体像を見る。そして恐らく今居る場所は、政庁から南門まで伸びていたという直線道路上か。

tagajo-8472南門跡付近にあった多賀城跡の立体模型。真ん中の四角い部分が政庁、その周囲を四角く囲んでいるのが1km四方の築地塀、その南端にあるのがここ外郭南門跡、か。

>> 多賀城 [中編] へ続く。<<


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月

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多賀城 [前編] 要注意!国府多賀城駅にはコインロッカーがない!” への2件のフィードバック

  1. こんにちは。

    トランク持参でここを歩き廻るというのは流石に辛そうですね。無人駅ならセキュリティ上コインロッカーも廃止というのはわかりますが、有人駅ですよねぇ。多少利用率が悪くても撤去はあまりしないと思うのですが、何かあったのですかね。

    1. こんにちは。いつもありがとうございます。

      駅は有人ですが駅員に聞いたのでロッカーが無いのは間違いないようです。確かにおっしゃるとおり廃止は考えにくいので、元々なかったのではと思ってます。(ガイド施設の人がなぜあると言ったのかは不明。勘違い?)

      今から思うと駅から多賀城跡に行く方向の反対側に出てしばらく行くと歴史博物館がありましたので、そこにはあったかもですね。当時は駅に無いという情報でガックリ来てそのまま行ってしまいました。

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