盛岡城 [5/5] 2Fの歴史文化ゾーンは有料だが見応えあり

盛岡城前回までの盛岡城 訪問記。

腰曲輪の外周石垣を見るため公園の外周をぐるりと回る。さすがの高石垣、すごい迫力。そのまま三ノ丸まで向かい、烏帽子岩を見て、歴代南部家の面々が祀られている櫻山神社へお参り。Part5では もりおか歴史文化館 を訪問。


<訪問記>

城域の散策は前回までで終了。Part5では城内にある もりおか歴史文化館 をご紹介。ここは1F売店に100名城スタンプがある。1F(無料エリア)は祭りに関する展示で盛岡城には関係なし。2F(有料エリア)は盛岡藩ゆかりの品々や盛岡城ジオラマ、江戸時代の盛岡の町並み展示など、なかなかに楽しい。入場料300円。写真もOK(フラッシュはNG)。

morioka-8275もりおか歴史文化館。お城側から来るとこの角度。

morioka-82802Fの有料展示「歴史文化ゾーン」へ。真ん中は吹き抜けになっていて、建物の周囲に沿ってぐるっと展示を見ていく構造。光の加減を工夫してとてもキレイに展示されている。

morioka-8281a-8278江戸時代に造られたという利休木像。幕末に藩主より藩の御茶道を務める者たちに預け置かれたという。

morioka-8284盛岡城ジオラマ。南東部からの眺め。往時は周囲を川がぐるっと囲んでいた。

morioka-8287ジオラマを上から。本丸の周囲は南東の御三階櫓から櫓門、廊下橋、そして北西の小納戸櫓までがずっと多聞櫓で繋がっている構造。

morioka-8289盛岡藩の地方行政というパネルに、当時の盛岡藩の領土が描かれていた。これは広い!途中で幕府裁定で分割された八戸藩をも加えると、まさに東北北東部全部が南部領。

morioka-8299奥には南部家ゆかりの品々の展示コーナー。ライティングも暗くしてあり迫力満点。ノボリ、陣羽織、火縄銃に甲冑。

morioka-8303不動明王打出五枚胴具足。10代藩主のもので、胴正面には不動明王の姿が打ち出されているとか。

morioka-8311胸板には割り菱紋も据えてある。すごい存在感。具足の置き方ではなく、恐らく中に人形を入れていて、甲冑を着た武将が座っているかのように見えるところも良い。

morioka-8312a-8300向い鶴 九曜紋 のノボリ。

morioka-8315a-8321黒船来航 特集コーナー。160年前はじめて出会った日本人とアメリカ人との異文化交流の様子が描かれた古絵図が展示されている。これがなかなか面白い。

morioka-8313「亜墨利加人栗浜上陸之図」。1853年(嘉永六年)、ペリー提督が浦賀・久里浜に来航上陸するときの姿を描いた図。上陸したのは蒸気船2隻と帆船2隻だが、絵図にあるのは蒸気船2隻「サスケハナ」と「ミシシッピ」。また沿岸警備をしていた会津藩、彦根藩などの軍勢が富士をバックにズラリと並んでいるのも分かる。そして船の大きさの違い。まったく勝てる気がしない。

morioka-8316「癸丑之夢」巻物。北方海防を担う盛岡藩が情報収集のために描き写したものだとか。癸丑(きちゅう)とはペリー来航の年1853年の干支。描かれているのはその翌年、1854年に日米和親条約を締結し開港した下田の街でのアメリカ人の様子。「異人上陸いたし、帰りの節、バッテイラを呼ぶ図」。バッテイラは小舟のこと。おーいここだぞと迎えの小舟を呼んでいる図か。

morioka-8319「柿崎玉泉寺宿陣へ揚り碁盤の上にて文字を書く図」アルファベットの大文字小文字とカタカナの読み方まで書いてある。左から順に読む。自体はちょっと違うが並びは今と同じ。発音がドイツ語っぽい?>ア・ベ・セ・デ…

morioka-8319「異人ども下田町了仙寺に於いて応接あり、柿崎村迄カゲンにて行列、それよりハテイに打ち乗り、残らず本船に至る図」。真ん中上の山上にあるのが了仙寺、そこから海岸に沿ってアメリカ人たちがずらりと列をなし、小舟で沖合に停泊する蒸気船へ戻っていく図。細かい。

morioka-8318下田町の下女ども寄り合い、毛唐人をなぶる図。ひでえ。

 

こんな感じの異人図がたくさん展示されている。

morioka-8323その他、盛岡の城下町並を実物大再現したコーナーもあり。

morioka-8327「盛岡藩知事辞令書」。辞令を受ける方(南部利恭)も源朝臣だったら出す方(明治政府)も藤原朝臣というすごい書きっぷり。明治天皇の御名御璽が二箇所押されている。盛岡藩は戊辰戦争の敗戦により減封転封(領地削減のうえ左遷)となったが多額の献金により僅か一年で盛岡へ戻ることになった。その際の辞令書。しかしその翌年、版籍奉還で辞任。激動。

morioka-8329以上 もりおか歴史文化館。なかなか興味深い史料が満載で面白かった。1F出口横にある総合案内書に100名城スタンプがある(受付に頼むと出てくる)ので忘れずに。

盛岡城跡は明治期に建物が破壊されただけでなく、公園化により石段が埋められたり追加されたり削平されたり石垣を造り直したりと、かなり手が入ってしまっているのが残念。それでも目を見張る圧倒的な高石垣の迫力は健在。三日月の丸くなるまで南部領の実力、思い知りました。


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月

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