盛岡城 [4/5] 城内だけでなく外周の高石垣も立派な見所

盛岡城前回までの盛岡城 訪問記。

盛岡城と言えば巨大な高石垣の印象だが、細かく見ていくと、自然石の野面積みあり、打込み接ぎあり、横一列にそろえて積み上げた打込み接ぎ 布積み ありと、いろんな石垣があることに気付いた。なかなか楽しい。part4では城の外周に沿って高石垣を見て回ろう。


<訪問記>

morioka-8221腰曲輪の外周、南西端へ。犬走りのような低く細い石垣の台が付随している。今は道に面しているので意味不明だが、往時はここは北上古川が流れていたので、本当に犬走りだったかもしれない。

morioka-8222南側へ。まるで天守台のような富士山型の石垣。しかしこの上は腰曲輪 南西端にあたる。

morioka-8224 しばらく進むと白漆喰の小屋が現れる。このあたりは管理事務所なんかが建っているので埋もれているが、実はこれは数少ない盛岡藩時代の遺構(移築)の1つ、彦御蔵。そう言われると窓に銅板の扉がついていたりと、それっぽい。

morioka-8223彦御蔵 説明板。城内に現存する唯一の建造物とのこと。屋根はぺっちゃんこで今風のものにも見えるが、板の上に土を塗って更に木造屋根組、瓦葺きとのこと。中は中央が仕切りで分けられ、左右でそれぞれ別々のものを保管していたようだ。本来はもう少し南にあったが、道路拡張工事により立退きとなり、ここへ「曳家で」移動したとか。

morioka-8227ではどんどん東へ。腰曲輪外周は南東部に3箇所の折れ曲がり箇所があり、見所の1つとなっている。まずは最初の折れ曲がり。当然だが、山部だけでなく谷部も曲線を描いている。石垣の重なり具合からして、飛び出ている形になる南面は後年増築されたもののようだ。

morioka-8229後ろの距離があまり取れないため、普通の広角レンズでは2つの折れ曲がりを同時に収めることが難しい。多少歪んではしまうが、超広角レンズで無理やり収めてみる。この上には往時、石垣の形に沿ったL字型の二重角櫓(大櫓)が建っていた。

morioka-8232石垣の先端の尖りっぷりを強調した構図で。超広角で撮ると”鼻デカ写真”みたいになる。

morioka-8234二番目の折れ曲がりと三番目の折れ曲がり。ちなみに往時、この通路あたりに鍛冶屋門という小さな門があり、腰曲輪南と区切っていたという。現在はまったく門の雰囲気なし。

morioka-8237腰曲輪の下東側を北へ向かう。植林されすっかり林の中。

morioka-8239四阿(あずまや)の奥は急斜面になっていて、下部にも道があるようだ。資料には、この下は石切り場だったようで、残念石とも呼ばれる「矢穴の開いた転石」が見られるとのことだが、ここからは降りれないようだったので断念。

morioka-8253城域の東側をまっすぐ北に進み、再度 三ノ丸へ。先程はすぐに二ノ丸へ入ってしまったので、今回はしばらく三ノ丸を散策してから、城北に鎮座する神社へ向かおう。

morioka-8254三ノ丸では訪問時、石垣解体修理工事でこの通り端の方がほとんど立入禁止になっていた。中では重機で土を掘り返していた。高石垣を上から見下ろしたかったが残念。

morioka-8255三ノ丸の、ちょうど神社の真上あたりにある目立つ巨石「烏帽子岩」。看板によると、築城時にこの地を掘り下げたところ突出した大岩が出土したという。ちょうどこの場所が神域にあったため、それ以来 宝大石として崇められてきたとか。

morioka-8256烏帽子岩の周りには、烏帽子岩以外にも巨石がゴロゴロ。

morioka-8260三ノ丸から一段降りて北側の地区へ向かうための虎口、瓦御門跡。ここもコンクリート化されていて門の遺構は無く、虎口を形成する石垣が残るのみ。

morioka-8262瓦御門跡を北側から。

morioka-8263瓦御門跡の石垣はハラミ(石垣の膨らみ)が酷い。崩壊の危険性があるため修理が必要。

morioka-8265櫻山神社の鳥居(裏口)。ここは鳩御門跡とされる。

morioka-8267櫻山神社 拝殿。右奥に見える赤い階段を上がると、先ほどの烏帽子岩の前(先ほど見た面の反対側)へ行く事ができるようだ。

morioka-8267a-8266神社にお参りして、お守り販売所を見ていると、盛岡城本丸跡にあった騎馬像の在りし日の姿を模した小さな像が飾られていた。

morioka-8268s櫻山神社 神門前の 戊辰戦役殉難者慰霊之碑。戊辰戦争では盛岡藩は旧幕府軍(奥羽列藩同盟)として戦い、会津藩・庄内藩の降伏で大勢が決すると降伏した。

morioka-8271櫻山神社 神門。南部家ゆかりの向い鶴と割り菱の紋。

morioka-8272櫻山神社 御由緒。祭神は南部家始祖の南部光行公を始めとする錚々たる南部家の面々。

morioka-8273御祭神を分かりやすく図示してくれた看板。分かりやすい。ちなみに初代の南部光行公は鎌倉初期の人。すごい歴史だ。

morioka-8274櫻山神社の東側には「鶴ヶ池」と言う日本庭園の池のような場所があるが、想像に難くないとおり、これは元 盛岡城の堀跡。道が造られ、噴水が置かれ、ガス燈もある。うーん。

最終Part5では、もりおか歴史文化館へ。

>> 盛岡城 [5/5] へ続く。<<


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月

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