根城 [後編] 復元主殿 広間では年男任命儀式の真っ最中。

根城前回までの根城。

八戸駅からバスで根城博物館前へ。博物館前の南部師行公騎馬像はカッコいい。博物館前の根城入口にある木戸門は旧 八戸城東門だった。広い曲輪を通り抜けて、本丸跡へ。


<訪問記>

“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>

nejo-8045a-8096いろいろ復元建造物はあるが、数がかなり多く見所も細かいので、主要物のみをご紹介。まずは本丸中央にドドーンと復元された主殿。近世で言ういわゆる本丸御殿だ。もちろん中に入れる。

nejo-8046主殿 説明板。いわゆる本丸御殿よりはかなりこじんまりとしていて、構造も複雑ではない。政庁ではなく儀式や特別な来客時のみに使用する場所だったそうだ。

nejo-8047主殿の入口はちょっと分かりづらい。馬小屋の横、この細いところから入る。

nejo-8048a-8066主殿内部。復元ではあるが、土足禁。入るとまっすぐ奥に進みたくなるが、実は順路は左から。気付かず逆走してしまった。写真は順路順に掲載します。

nejo-8048b-8065入口付近はゴチャゴチャしていたが、奥はまさに立派な木造御殿の廊下という感じ。白い蛍光灯ではなく黄色のライトなのも雰囲気が出る。

nejo-8048c-8064部屋の中には入れず廊下から眺めるかたち。一番手前の部屋は詰之間。詰は端っこという意味だが、囲炉裏があるので普段使用していないときの番所的な場所だったのかもしれない。まあどこまで遺構が出ていてどこまで史実に基づいた復元は不明だが…(囲炉裏跡が出たのかどうか)。

nejo-8048d-8063次は茶之間。エライ客人が来た時は茶の一つでも点てよう。と思ったが茶室にありがちな床の間などがないので、接待用の茶室ではないかもしれない。

nejo-8048e-8062続いて控之間。細かい役割はわからないが、柱跡は発掘されているだろうから、こういう部屋が当時あったことは間違いないだろう。

nejo-8048f-8061二之間。武器が並び、広間で儀式や謁見が行われている際の護衛兵が控える場所でもあったのだろうか。

nejo-8048g-8058そしてメインルーム、広間へ。なんとそこは年男任命の儀式の真っ最中だった。いきなりの登場にビックリ。説明によると、年男に任命される男が、重臣の並ぶ中 当主 南部政栄から茶を頂くシーンだとか。これは緊張する。ここでいう年男(としおとこ)とは12の倍数の年齢になった男子のことではなく、江戸時代までは家中の重要行事(正月等)の一切を取り仕切る儀式等に通じた役割を任命された人のことで、今の時代でいうところの事務局長といったところか。由緒正しい南部家の年男ということでこの人はすごい名誉とプレッシャーを感じていたことだろう!

nejo-8048h-8057発掘出土品も多く展示されていた。これは貨幣。当時は国内で貨幣は作っておらず(作れなかった?)中国から持ち込まれた貨幣が流通していたそうだ。

nejo-8048i-8056建武新政の頃、根城を建てた南部師行公が、後醍醐天皇の命で南朝軍としてここ八戸根城から京まで転戦した際の経路図。すごい距離。太平記でも有名なこの戦いは、南朝の若武者・北畠顕家とともに各地で奮戦するも次第に南朝の旗色が悪くなり、師行は根城に帰ること無く和泉国(現在の堺近辺)で敗死してしまう。

nejo-8069さて主殿を出て周囲を見て回ろう。外にでるといい天気。主殿を北側から。

nejo-8070下馬屋。馬を下りる場所ではなく、馬を飼っていた場所とのこと。しかし柱の跡だけでよくここまで推定できるものだ。

nejo-8072一番奥にあった少し小高い場所は、櫓台・・・ではなく、祭壇跡とのこと。

nejo-8073小さな冠木門である西門も復元。

nejo-8074竪穴式の「工房」跡。竪穴式はその名の通り穴を掘ってその上に屋根等を付けているため、中に入ると一段低い。東北地方や北海道などの城・館跡でよく見られる様式だとか。中は武器修理工場となっている。入ってみよう。

nejo-8077工房内部。板敷きになっていたので竪穴かどうかは分からなくなったが、窓の外を見ると地面が高いので竪穴と気付く。

nejo-8079御殿クラスの建物は城内で3つ見つかっており、1つが復元された主殿、残り2つは平面復元のみの常御殿と奥御殿。こちらは領主が寝起き、仕事をしていた場所とのこと。

nejo-8083複雑な形の屋根をした建物は「鍛冶工房」。こちらも竪穴式で地下に降りるような内部構造になっている。入ってみよう。

nejo-8087鍛冶工房内部の様子。フイゴや炉があり、焼けた土や鉄片などが出土したことから、鍛冶工房と推定したそうだ。地面は深く1mほど掘られており、窓の外はすぐ地面だった。

nejo-8090奥御殿跡。家族の住まいで、先祖も祀られていたという。

nejo-8093奥にあった小さな小屋。外見は質素だが…。

nejo-8094中は何と領主やその家族が儀式等で使う道具、衣類などが収められていた。板蔵と呼ばれる建物で、見た目は質素だったが、実は厚さ6cmもの板壁が周りを囲む頑丈な造りだったとか。

nejo-8095板蔵付近から見た、常御殿跡と主殿。南北朝時代にタイムスリップ。

nejo-8097本丸から二の丸方面を見下ろす。堀で隔てられた高台がいくつも並んでいることが分かる。

nejo-8099博物館入れて約1時間で根城跡 散策終了。本丸はいろいろ復元されていて見所もあるが、それ以外は堀跡ぐらいしかないので、サクサクと見終わってしまった。これだけの規模の中世城郭(しかも山城ではない)がよく残っているのは貴重なので、派手ではないが館跡が好きな方は是非。

続いてこの先2kmほど行ったところに、江戸時代の八戸藩 拠点・八戸城跡が残るので、そこへ向かいます。


“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
<弘前城/根城/八戸城/盛岡城/志波城/多賀城/仙台城/山形城/米沢城/二本松城/会津若松城>


訪問時期:2014年10月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中