弘前城 [3/7] 現存天守 “御三階櫓” 内部へ。

弘前城弘前城 [2/7] の続きです。

二ノ丸 南内門、未申櫓、辰巳櫓と現存建造物を見学し、本丸へと続く下乗橋を渡って武者屯へ。下乗橋から見える天守の姿は有名だが(左写真)人が多かったので帰りにもう一度寄るとしてまずは本丸・天守へ向かおう。


<訪問記>

“奥州仕置之旅顛末記”(2014年に敢行した3泊4日東北11城訪問の旅)へのリンクは こちら
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hirosaki-7794武者屯から本丸へと続く虎口の入口。今まで無かった石垣の壁が現れ、道が折れ曲がっている。いわゆる攻め手の兵士たちが真っ直ぐ進めず勢いが削がれるという「食い違い虎口」。

hirosaki-7796本丸入口、食い違い虎口手前の石垣角にあった巨石。亀石、と書かれていた。上が顔?なのかどうかは分からないが、巨石で入ってきた人を驚かせる「鏡石」の一種だろうか。

hirosaki-7797亀石のある虎口一帯。往時はこの上に櫓有り? ちなみに正面奥の石垣の上の木は「弘前シダレ」という桜の一種なのだとか(参考)。

hirosaki-7798虎口を曲がると、目の前には内側からの天守。先ほどまで見えていた「外側からの」天守の姿とは全く違う表情に(知っていても)やっぱり驚く。素朴というか何というか。

hirosaki-7800天守前までやってきた。説明板やら顔出しやらが並んでいる。天守に入る前に説明板を読もう。

hirosaki-7802弘前城天守 説明板。江戸後期 文化七年(1810) 建設。築城時の天守は五層で、ここではなく本丸南西の櫓台に建っていたが、1627年に落雷焼失。なんとその180年後、時代の要請もあり(当時 津軽海峡をロシア船が往来し津軽藩が防衛していた)再度 天守が再建された。東北唯一の現存天守。

hirosaki-7803弘前城 天守を見上げる。素朴な様相だが、こうして間近から見上げると200年以上の歴史の迫力を感じる。内側の格子窓についている扉は銅板製か。

hirosaki-7804天守入口 正面。まるで蔵のような扉。

hirosaki-7807天守内部へ。一階には売店があるが、武具など色々展示もされている。写真は外側の張出し部と切妻破風の内部。矢狭間には1つ1つに木のフタがついていた。床には緑のシートが貼られていた。

hirosaki-7811一階に展示してあった「刀」。仇討ちで使用されたものという曰く付き。

hirosaki-7813二階へ。階段は色々補強されていて往時のものとは全く異なるもののようだったが、角度はこのままだろう。

hirosaki-7815a-7831天守二階。最小限の展示物。外側に沿って主に展示物が置かれているため、矢狭間から外が見られなかった。そして一面、緑のシート。

hirosaki-7817いろいろ展示されていたが珍しかったのは「裃(かみしも)」。武士の公服であり、弘前津軽家 御一門が着用したものという。紋は丸に三枚葉牡丹。

hirosaki-7818では三階へ。

hirosaki-7820三階の中央には弘前城本丸の模型。本丸内部のほとんどを占めている本丸御殿は屋根ナシの部屋の構造が分かる造りで面白い。

hirosaki-7821a-7819弘前城 本丸御殿の説明パネル。右が北、左下が天守。天守の前あたりは、御殿玄関前広場だったようだ。青部分がいわゆる「奥」。

hirosaki-7824天守三階から見る眺望。矢狭間のフタを開けて二階の切妻破風の横から見る下乗橋の様子。瓦一枚一枚に銅板がしっかり貼り付けられている。そして下乗橋にはやっぱり人が多い。

hirosaki-7826天守三階から見る眺望その2。本丸虎口方面。内側の格子窓を覆っていた銅板扉は、枠も鉄で補強されたなかなか屈強な扉だった。

hirosaki-7827天守三階から見る眺望その3。北側の様子。右側は内堀、中央部分は石垣なのだが、発掘調査のため掘り返されていた(当然立入禁止)。パンフによると中央付近に本丸井戸跡があるらしいのだが、丸い土の部分がそうだろうか?

hirosaki-7833a-7836天守を降りて工事部分を見てみる。天守台の石垣ギリギリのところから掘り返して調査が行われているようだ。

hirosaki-7834天守台北側の発掘調査の様子。

hirosaki-7839発掘現場の横には、本丸石垣修理事業に関する説明パネルが設置してあった。そのうちの1つ、やはり気になる「天守の曳家」についてのパネル。明治29年にも一度天守を曳家で移動させて補修工事をしており、その際の移動場所は図中青色の場所だったが、今回は赤色の場所まで移動するとのこと(青色の場所には本丸虎口の石垣が有る)。なお移設中も天守内部は公開され、石垣の修理状況・曳家工事の状況などを見ることができる「展望デッキ」を造るんだとか。これはこれで見てみたい。

>> 弘前城 [4/7] へ続く。<<

訪問時期:2014年10月
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弘前城 [3/7] 現存天守 “御三階櫓” 内部へ。” への2件のフィードバック

  1. こんばんわ!

    弘前いいですね〜面構まえが素敵だ!
    弘前城っていつでも人が多い感じだけど
    ほとんど写り込んでないのさすがですね!
    青森攻めは先になると思うけどじっくり
    読ませてもらって盛り上げとこうと思いますw

    1. おおっ!あもさん!ご来場ありがとうございます
      弘前城は(天守が)こじんまりとしていて事前の印象では可愛らしいイメージだったんですが、いざ行ってみますと、写真のようになかなかの迫力でした。超おすすめです。ちなみに人出はそこそこでしたが、カメラを構えてじっと耐えて人がフレームアウトした瞬間を狙いました。まさに先に動いたほうが負け、自分との戦いですね(^^;
      東北之旅紀行まだまだ続きますので、またお越しくだされ〜。

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