打下城 [後編] 高い土塁と立派な虎口に守られた堅固な北主郭は必見

打下城跡打下城 [前編] の続きです。

藪を掻きわけ、倒木をまたぎ、急坂を登り切った後にやっと到達した打下城跡。
中主郭にある縄張図を確認した後、遺構を見逃さないようにゆっくりと中主郭そして北主郭を巡ります。


<訪問記>

uchioroshi-7510a-7561まずは中主郭内を散策。特に説明等は無かったが、直方体の石で囲まれたカマド跡?のような場所も発見。

uchioroshi-7511中主郭の奥には一部盛り上がった場所がある。縄張図によると虎口を形成する土塁のようだ。土塁の向こう側へ。

uchioroshi-7512土塁の向こう側には「虎口」と書かれた看板が落ちていた。枯葉と土が積もって分かりづらいが、先ほどの土塁を回りこんで中主郭に入る形になるところが虎口かと。

uchioroshi-7516虎口を越えて先ほどの土塁の裏側を見ると、石垣というか石積みの残骸が残っていた。中世山城遺構でこれは嬉しい。虎口の外側にあることから、この虎口の先にある北ブロック(北主郭)が前線で、そこから敵が攻めてきた際にこの石壁が立ちはだかる、というわけだ。土がかなり降り積もっているので、ここを発掘調査したらもっと石積みが出てくる可能性大。高島市さんよろしくお願いします。

uchioroshi-7520さて虎口・石垣跡を更に北へ。縄張図によるとここから先は尾根筋になっていて、小曲輪とされる小さな削平地がいくつも連なり、その先に巨大な北主郭があるようだ。

uchioroshi-7523北主郭へ通じる道はほとんど整備されておらず、枯葉だけでなく倒木もすさまじい。かろうじて「小曲輪群」の看板を発見。上に引っかかっている倒木が強風等で落ちてきたら看板はふっとばされそうだ。

uchioroshi-7529小曲輪群(正直 曲輪の境目がよくわからない状態だった)を越えて、一番奥までやってきた。倒木がすごいが、よく見ると盛り上がっている土塁の中央に、虎口と思われる切れ込みがハッキリと見える!

uchioroshi-7531倒木を越えて虎口の真ん前へ。倒木を整理すれば、かなり見応えのある山城遺構になりそうな予感!なお虎口の内部は巨大な蜘蛛の巣とその主人が居座っていたので、そこは避けて土塁側から北主郭へ入城。

uchioroshi-7533北主郭内部へ。二段構成になっていて、中央奥に一番高い主郭部(櫓台?)、その周囲に低い帯曲輪的な空間、その外側には未だ高い土塁がぐるりと囲んでいた。

uchioroshi-7538北主郭の奥へ。曲輪周囲の高い土塁が分かるだろうか? 現場ではこの土塁と先ほどの虎口に興奮しっぱなしだったが、写真にはなかなか迫力ある形で収められないのがもどかしい。

uchioroshi-7539更に奥へ。土塁がぐぐぐっとカーブを描きながら北主郭を堅固に守っている。右奥の方に何やら説明板らしき板が落ちているようなので見に行ってみる。

uchioroshi-7540畝状竪堀 と書かれた説明板がなぜかたくさん、それこそ畝状竪堀状に落ちている。なんだこれは。縄張図を見るとこの土塁の奥(北側)に畝状竪堀があるようだ。

uchioroshi-7543土塁にあがって向こう側を見てみたが、やはり竪堀の類は土が積もってしまってよくわからない状態になっていた。何となく凹んだ部分が竪堀か。畝状なので、何本か竪堀が左右に連なっているはずなのだが、よくわからず。

uchioroshi-7550北主郭へ。落ちている看板には「大型の曲輪」と書かれている。ここは北主郭の北端、一番高い部分になる。図面を見た限りでは櫓台かと思ったが、現場に来てみるとちょっと大きすぎた。

uchioroshi-7553大型の曲輪から周囲の土塁を見る。廃城から450年経った今でもこれだけの土塁っぷりが残っているのはすごい!

uchioroshi-7555北主郭 周辺の土塁をもう1枚。土塁のサイドからすごい角度で木が生えている。先程も書いたが、整備すれば素晴らしい山城遺構となりそうだ。

uchioroshi-7558虎口を内側から。なかなかにすごい迫力。往時はもっとちゃんと積まれていて、この隙間には防衛のための木戸などが設置されていたのだろうか。しかし今は大量の倒木が横たわり、周囲の土塁には巨木が根を張ってしまっている。

大興奮の北主郭を出て、中主郭を通り最初の尾根筋まで戻ってきた。時間がまだ少しあったのと、本来は見えたであろう高島の眺望がまったく見られなかったので、反対側の長法寺跡へ少し進んでみることにしよう。長法寺跡は平安時代の山岳寺院跡ということで、寺院跡よりも眺望が見られる場所を探してみたい。

uchioroshi-7563a-7590尾根筋の分かれ道へ。奥が長法寺跡へ続く道。

uchioroshi-7567長法寺方面は巨石が多かった。道も打下城跡へ続く道よりも更に整備されていない印象。左は、横に豪快に割られた巨石。

uchioroshi-7570「馬の足」と看板が立てられた巨石。独特の形をしている。どれがどう馬の足なのかは、いろんな角度から見てみたがよくわからず。。。蹄(ひづめ)だと思うのだが。

uchioroshi-7570a-7588こんな感じの巨石ゴロゴロな山道を進んでいく。山岳寺院ということで建設にあたりこのあたりから石材を調達したのだろう。

uchioroshi-7576更に進むと突如 草木が生い茂る森の中へ。かろうじて道が分かる。ストックで蜘蛛の巣を蹴散らしながら、奥へと進む。ちなみに「↑長法寺跡」という看板は時折みられたが、あと◯mという表記がなかったため、どこまで行けばいいのかが分からず不安に駆られた。

uchioroshi-7577森を超えると視界がひらけ、松の木が植わった場所に出た。下の鼻打、と書かれた看板が立っている。長法寺跡へは更にこの先へ、下の鼻打は右側の丘の上のようだ。

uchioroshi-7578下の鼻打 方面。丘の上なので眺望が良さそうだ。長法寺散策はここまでにして、丘の上へあがって眺望を楽しもう。

uchioroshi-7581下の鼻打からの眺望。真上に鉄塔があり、この電線。だが眺望は素晴らしい!琵琶湖は右側から正面奥に向かって伸びている。ちょうど正面少し右奥あたりに竹生島が見える。

uchioroshi-7582下の鼻打からの眺望その2。奥の少し高い山は滋賀最高峰・伊吹山(たぶん)。その奥は関が原だ。

中世山城・打下城跡、登山はかなりキツイが、整備すれば立派な山城遺構になるであろう土塁や堀切、虎口など戦国時代の遺構が満載。季節によっては野猿やクマも出るという話なので、健脚に自信がある山城ファンは熊鈴持参でチャレンジしてみては。水もPET2本は持って行こう。

訪問時期:2014年10月
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