大坂城 [5/8] 西外堀の外周に沿って現存櫓群を見ながら歩く。

大坂城大坂城 [4/8] の続きです。

Part4では本丸北側の山里丸で刻印石広場と秀頼公自刃地をめぐり、内堀に架かる極楽橋を越えて、北の丸を内堀に沿って西へ進んできた。Part5では北の丸西端の京橋口から外堀外周へ出て、外から大坂城を見る。


<訪問記>

北の丸(仮名) 散策中。

osaka-7245西の丸へ通じる北仕切門(封鎖中)の近くには、一対の狛犬が居る。

osaka-7246狛犬の説明板。明の時代(秀吉が侵攻しようとしたのは明)に造られたもので、日中戦争時代に日本に運ばれたという。

SONY DSC続いて北の丸の奥へ進むと、外堀へ飛び出した櫓台がある。ここは「伏見櫓跡」。

SONY DSC伏見櫓跡 説明板。唯一の三層櫓だったという。伏見櫓という名前から伏見城からの移築とも言われるが、米軍の無差別爆撃で焼失したため確認不可。

osaka-7246c-7249では北の丸から北西へ外堀を抜ける「京橋口」へ。ここにも往時は大手口のように櫓門があったが、こちらも米軍の無差別爆撃で焼失。石垣に残る焼け跡と思われる黒い跡が痛々しい。

SONY DSC京橋口の枡形虎口内部から、北の丸方面を見る。正面には、かなりの巨石が埋め込まれている。

SONY DSC京橋口正面の巨石。看板と比較するとその大きさが分かる。

osaka-7247巨石へ近寄る。巨石の周囲が丸くなっていて、そのカーブにあわせて石垣石も丸く削られてパズルのように嵌めこまれているのが面白い。

osaka-7248京橋口枡形の巨石 説明板。本丸南の桜門枡形にあった蛸石(城内第1位)に続く、城内第2位の大きさを誇る「肥後石」。以前はあの加藤清正が運んだと伝えられていたらしいが(肥後石という名前からか。肥後=熊本=熊本城は加藤清正による築城)、実際はここの担当だった岡山藩主池田氏によるものだった。

osaka-7251京橋口。大手口のように、枡形の手前(土橋の先)に一ノ門(京橋門)、枡形の奥に櫓門があった。

osaka-7251a-7250京橋口 説明板。江戸時代からの京橋門、 多聞櫓が残っていたが、例によって米軍の無差別爆撃により全壊。

osakajo2-6889京橋口の土橋上から内堀の北側を見ると、先ほど見てきた「伏見櫓跡」の出っ張った石垣が遠くに見えた。あの上に三重櫓が建っていたと言う。今はガラス張りのビル(クリスタルタワー)が建っているように見える。

osaka-7254京橋口前にあった案内図。今は全体の左上(北西)、京橋口に居る。このまま外堀沿いに南へ進み、再び南東の大手口から入城、現存櫓や焔硝蔵などが残る「西の丸庭園」(オレンジの部分) を散策してみよう。

osakajo2-6895では京橋口付近から、外堀(西外堀)越しにお城の状況を見ながら南の大手口を目指そう。京橋口の南側からは西の丸庭園が見える。見えている二層櫓は、現存の「乾櫓 (いぬいやぐら)」。写真左のあたりが京橋口への土橋。

osakajo2-3793西の丸の最も西端にある乾櫓。その角から見るとこんな感じ。一層目・二層目は普通の四角い櫓のように見えるが、屋根を見ると入母屋破風が真ん中にあるので、四角い櫓ではなく、L字型になっていることが分かる(L字を外から見ている)。

osakajo2-6898超広角で見るとこんな感じ。ビル群の中に突如あらわれる水堀と、その向こうの石垣・櫓。

osaka-7267西外堀 説明板。大坂城外堀は四カ所の土橋で4つに区切られている。ここは京橋口・大手口によって区切られた西外堀。

osakajo2-3799西外堀に沿って南へ。かつて西外堀沿いにあった3つの櫓のうち、2つ(乾櫓、千貫櫓)は現存、真ん中の坤櫓(ひつじさるやぐら)のみ焼失したという。坤櫓はこの少し飛び出た石垣部分の南橋(少し木々が欠けているところ)にあった。その奥に見えるのが千貫櫓。

osakajo2-3802坤櫓台。もちろん飛び出ているところ全体ではなく、その南西端の一部が櫓台。

osakajo2-3806大手口のほうまで南下してきた。千貫櫓と、大手口。建物が揃っていると、かなりお城っぽい。

osakajo2-3516大手口まで戻ってきた。右に見えるのは大手口の土橋。大坂城は天守以外は入場無料、24時間OPENなので、何時でも何度でも出入り出来る。(現存櫓は普段はすべて非公開、年に1−2回 有料で内部見学イベントを開催している)

ここで一つマニアック見どころポイント。ちょうどこの写真を撮っている場所あたりから、大手口への土橋の入口付近の「外堀際」の石垣に、大量の刻印が見られる。ちょっと距離があるけど、下に覗きこんでみよう。

osakajo2-3517ここ。土橋の入口直下あたり、色が白く変色したところ(おそらく季節変動する水位によっては水面下に沈む)に、大量の刻印が見られる。

では大手口から再度入城し、西の丸庭園を散策してみよう。

>> 大坂城 [6/8] へ続く。<<

訪問時期:2014年10月
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