大坂城 [1/8] 巨大な現存大手口(大手門〜多聞櫓)から城内へ。

大坂城は、織田信長に抵抗し10年もの石山合戦を経て開城、焼失した石山本願寺の跡地に豊臣秀吉が築いた。金箔瓦を大量に葺いた5層の天守、総石垣に三重の堀を持つ壮大な近代城郭だった。この大坂城は1615年(慶長20年) 大阪夏の陣で焼失。その跡地に徳川幕府により全く新たな大坂城が築かれた。現在残る堀や石垣などの遺構はこの徳川期大坂城のもの。天守は江戸初期に落雷で焼失、その他の御殿・櫓等も明治維新時や昭和20年の米軍爆撃により多くが焼失。現存建造物は櫓5棟や大手門など、天守は昭和3年の再建[鉄筋コンクリート製]で、1〜4層までが白漆喰の徳川期天守、5層のみ黒漆/金箔の豊臣期天守を模した折衷デザインとなっている。

大坂城<基本データ>
●名称: 大坂城
●所在: 大阪府大阪市 (マップ)
●築主: 豊臣秀吉 / 徳川秀忠
●竣工: 1584年 / 1629年
●遺構: 現存5櫓・大手門等、石垣、堀、曲輪
●関連: 大阪城天守閣HP

・大坂城大天守を360°パノラマ映像で作成しました → こちら
・大坂城 トップメニューは、こちら


<訪問記>

大坂城は外堀の内側がほぼそのまま残っており、その広大な敷地の中に大天守を始め数多くの櫓・石垣・門などが残っている(徳川期の遺構)。城内は大阪城公園となっていて、入口は北東(青屋門)・北西(京橋口)・南西(大手門)・南東(玉造口)の4箇所がある。まずは南西の大手門から入ろう。

追記:敷地が広大すぎて一回の訪問では見きれなかったため、2014年10月に訪問した写真(曇り空・大半の写真)を中心に、2013年〜2015年に何度か訪問したときの写真(晴天)で補足しています。ずいぶん追記部分が増えてきました。やはり御城は晴天に限ります。

osakajo201506-6917大手門付近から見た南外堀と石垣。石垣の上は二ノ丸にあたる。見えている櫓は現存「六番櫓」。外堀の周りを一周するのにはかなりの時間が掛ることがよく分かる規模感。

osakajo201506-6933大手門に向かいたいが、もう少し外堀周囲を散策。雄大! 六番櫓がポツーンとなんだかかわいそう。幕末まではずらりと櫓と土塀が揃っていた。

osakajo201506-6912大手門。当時はここが正門だったのだが、現在の正門にあたる「大阪城公園駅」は反対側の北東にあるため、そちらのほうが混んでいる。とはいえここも引っ切り無しに人が通り、なかなか誰も居ない大手門を撮影するのは難しい。特に晴れた日となると厳しい。

osakajo201506-6915大手門を横から。現存の大手門・多聞櫓・千貫櫓がセットで見られる。奥に青い屋根だけ見えているのは大天守。

osakajo2-3813千貫櫓。昔(本願寺時代?)ここに建っていた櫓が難攻不落で、信長が「ここの櫓は千貫出しても惜しくない」と言わしめたというのが命名の由来と伝わる。千貫櫓の手前(右側)は二ノ丸で、奥(左側)は西ノ丸にあたる。

osakajo2-3533大手前口から見る、西ノ丸千貫櫓と、西外堀。

osakajo2-3816では大手門(一ノ門)を通って城内へ入ろう。黒い鉄板で覆われた堅固な門。裏側に小さな屋根の乗った控柱がある「高麗門」という様式。左右の石はかなりデカイ。

SONY DSC大手門 説明板。後ろ側の柱(控柱)に小さな屋根が乗る「高麗門」と呼ばれる形式だ。江戸初期の1628年創建の門が今に伝わる。

osakajo2-3822大手門(一ノ門)裏側から。説明板にあった「謎の継手」は、向かって左側の控柱の下部、切り込みがある部分の少し下あたり。現在の技術でもわからないということは、継承されず失われた技術があるということ。やはり全国の神宮・大社などで見られる「遷宮 (せんぐう)」「造替 (ぞうたい)」は大掛かりだが長い目で見ると非常に意義のある伝統だと思う。

osakajo2-3825大手門枡形へ。枡形の周囲には以前独立した多聞櫓が建っていたそうだが大火で焼失し、今は復元された土塀が建っている。

osakajo2-3921s大手枡形 全景。通常の枡形よりかなり広めの印象。

SONY DSC市多聞跡 説明板。商人が出入りしこの多聞櫓内で商売をしていたことから「市多聞」と呼ばれていたそうだ。

osakajo2-3912市多聞奥には、銃眼付き石垣と鉄砲狭間がズラリと並ぶ。ちょっと覗いてみよう。

osakajo2-3915大手口方面を鉄砲狭間より睨む。少し大手口から離れているためか、狙いづらい位置関係。鉄砲狭間は外側が狭く内側が広い「ろうと状」の穴になっているので、土塀に対して斜めに構えればかなり横の方も狙えるので、これはこれでいいか。

SONY DSC大手門枡形の正面にある巨大な鏡石。

SONY DSC大手口枡形の巨石 説明板。大手見付石と呼ばれ、48平方メートルの巨石で城内巨石ランキング第4位だとか。まだこれより3つも大きな石があるようだ。

osakajo2-3818では大手門枡形の出口にあたる櫓門「多聞櫓」へ。柱や門扉すべてに鉄板が貼られた、非常に堅固な印象を与える櫓門だ。右側の90度折れ曲がった先は、櫓門から繋がっている「続櫓」。

osakajo2-3834多聞櫓を通って二ノ丸内部へ。多聞櫓はかなり巨大で、大迫力。積んである石もかなりの大型だ。城内三箇所の枡形のうち、櫓門が現存するのはここ大手門だけとのこと。

osaka-7068a-7279多聞櫓 説明板。1628年創建時に大手門と同時に作成されたが落雷で一度全焼し、今みられるのは幕末に再建されたものとのこと。

osaka-7069大手門から二ノ丸へ。二ノ丸の西側(手前)と南側(奥)は石垣によって区切られ、そこには「南仕切門」と呼ばれる門があったとのこと。ここがその門跡で、明治の大火で焼失。また右側(西側)の石垣の上には太鼓櫓があり、ここで召集などの合図の太鼓を鳴らしていたという。なお三角コーンで区切られているのは工事車両通行用のためで普段は無い。

なお上の写真の左隅に少し写っている巨石には、豊臣家家紋の五三桐が手で彫られている。もともと当時の人が掘ったものが見つかって此処に置かれているのか、後日の落書きなのか、ポツーンと置かれているので詳細不明。怪しい感じ。

osakajo2-3838南仕切門付近から内堀を見ると、このあたりは空堀となっていた。堀の中はジャングル状態。内堀は南側半分ほどが空堀状態のようだ。古文書等によると秀吉築城時から内堀南側は空堀だったという。よく見ると右側の石垣と左側の石垣の積みっぷりが異なることが分かる。大名ごとに担当区画を与えて造らせた「天下普請」がよく分かる場所の1つ。

osakajo2-3848本丸内堀南側。非常に複雑に曲げられまくっていることがよく分かる構図。

osakajo2-3857s空堀 説明板。なぜここだけ空堀としたかは正確なことは不明だが、このあたりは上町台地と呼ばれる硬い岩盤で、ちょうどこのあたりが水堀部分より高く(あるいは固く?)なっており、これ以上掘り進めるには厳しかったのだろうかと思う。

osaka-7072二ノ丸の南側へ。奥に見える門は本丸へ通じる「桜門」だが、本丸へ入る前に二ノ丸南側の建物などを見て回ろう。写真で言う右側エリアへ。

osaka-7073大坂城は、織田信長と10年に渡って争い最後は明け渡して立ち去った本願寺教団の拠点・石山本願寺の跡地に建てられた。石山本願寺が焼失した後、豊臣期大坂城が建てられ、更にその焼失後、徳川期大坂城が建てられたという経緯があり、石山本願寺の遺構は全く残っていない。一応ここに「石山本願寺推定地」と書かれた石碑が建っていた。説明板を見てみよう。

SONY DSC石山本願寺推定値 説明板。場所は二度の築城により遺構が残っておらず正確には分からないが、写真にあるとおり本願寺時代の瓦片などが出土していることから、このあたりに御堂などがあったようだ。

osaka-7074b-7077本願寺推定地石碑の少し奥に、先ほど大手門外から堀越しに見えた現存櫓がある。六番櫓。

osaka-7075中には入れないが、真下までは行くことが出来る。

osaka-7076櫓の下に立つ「六番櫓 説明板」。元々は一番から七番まで同様の櫓が東から順に建っていたそうだが、明治の大火や米軍の爆撃により多くが焼失した。六番櫓はそれらを乗り越えた現存櫓の1つ。懸魚の墨書きから1628年創建と判明。

osaka-7078六番櫓と、石山本願寺推定地の石碑の間ぐらいに、大きな石で蓋をした井戸跡のような場所を発見。しかし詳細不明。

osaka-7079二ノ丸に建つ武道場「修道館」。柔道、剣道、なぎなた などの修練が行われているそうだ。

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訪問時期:2014年10月
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