品川台場 [中編] 高い土塁で囲まれた海上要塞の内部を散策

品川台場品川台場 [前編] の続きです。

レインボーブリッジを汐留側から歩いて渡る。途中南側を見ると第六台場がよく見える。立入禁止かつ整備されていないため完全にジャングル島と化していた。お台場側へ近づくに連れ、こちらはよく整備された第三台場(台場公園)が見えてきた。


<訪問記>

s_daiba-5318レインボーブリッジをお台場側に渡りきってすぐ、台場公園(第三台場)への道がある。これはその入口のところにあった地図。右端の赤丸が現在地。元々の第三台場は入口部分の角が削られた四角形で、お台場側から伸びている道は後年造られたもの。入れない方の第六台場は四角形ではなく入口の削りも含めていびつな六角形のようだ。中の道が少し描かれている。

s_daiba-5319では遊歩道(お台場海浜公園の一部)を通って台場公園へ向かおう。こんな感じの何の変哲もない公園内の道。

s_daiba-5320奥に台場の石垣とそこに架かる階段が見える。手前に看板があるので見てみよう。

s_daiba-5321台場公園(第三台場)説明板。といっても説明らしい説明はほとんど無し。台場=砲台は、英語では battery(本文中には gun battery という表現もある)というのか。ちなみに電池のバッテリーも、ピッチャーとキャッチャーのバッテリーも、同じ battery。

s_daiba-5322では台場へ上がろう。台場周囲の石垣は見事な切込み接ぎ・布積み。急造にしてはとてもキレイだ。現在の入口はお台場からの遊歩道の関係でここに造られているが、当時はレインボーブリッジから見た船着場経由で上陸していた。

s_daiba-5323階段をあがって台場を守る土塁を超える。

s_daiba-5324台場の中に設置されている説明板。入口前の看板には説明らしい説明はなかったが、こちらには歴史や経緯がしっかり書かれている。ペリーの黒船が来た翌月には幕府は台場築造に着手、15ヶ月の間に計6基を完成させたという。幕末期で幕府の力も弱まりお金も無かった頃にもかかわらず、短期間でこれだけのものを造り上げたのは流石だ。説明板には書いてないが、この台場がある程度完成していたからこそ、ペリー再来日時に江戸に黒船を入らせず浦和へ再上陸させるに至った経緯がある。実戦には使われなかったが抑止力として著しい効果をもたらした台場。

s_daiba-5325説明板に描かれていた台場内マップを拡大。周囲の土塁上には砲台跡と史蹟記念碑があるものの、遺構のほとんどは中央の凹み内のようだ。まずは凹み内に入って一巡してから、土塁へ上がってみよう。右下には残念な一言「砲台跡とカマド跡は江戸時代のものではない」が書かれている。なおレインボーブリッジから見えた台場の横にある小さな小島のようなものは後年造られた海浜公園の一部のようだ。

s_daiba-5328では土塁を降りて台場中央部へ。結構広い。手前の方はキレイに整備されているが奥は森の様相だ。

s_daiba-5329土塁の内側には「弾薬庫跡」とされる石囲みの空間が草の間から見える。黒船(海)からの攻撃で弾薬庫がやられないよう(延焼して大変なことになる)直接海から狙えない「土塁の中」に火薬を格納していたようだ。

s_daiba-5332説明はなかったが、一部の土塁の内側には石垣の壁もできていた。

s_daiba-5333そして中央に陳列する巨大な礎石群。説明板には陣屋跡とあり、この礎石の上に長屋のような建物が建っていてそこに兵士(当時は侍か)が駐留していたのだろう。

s_daiba-5338先ほどより多少露出している弾薬庫跡。中を覗いてみると四角く整形された石で囲まれた部屋だった。

s_daiba-5339台場凹み部の一番奥から、入ってきたレインボーブリッジ(お台場)方面を見る。結構土塁は高く整然と盛り上げられている。これだけ深いとかなり近づかないと中は見えなかっただろう。

s_daiba-5340台場奥の一角には不思議な形をした石の建造物があった。説明板の地図には「かまど跡」とされている場所だ。

s_daiba-5341かまど跡。残念ながら江戸時代のものではありません、と注意書きがされていたが、そうでなければ江戸時代にこれを使って幕府の侍たちが飯を炊いていたのか!と思わざるを得ない雰囲気のある物体。中央の筒状のところで火を起こしてその周囲で同時にたくさん調理ができる仕掛けだ。因みにこの写真を見た家族は「おおっこれが砲台跡?」と驚いていた。確かにそう見えなくもない(上向いてるので撃ったら落ちてくるけど)。

s_daiba-5343かまど跡 遠景。しかしご飯を炊く重要な場所が太平洋側(敵側)にあるというのは、大丈夫なのだろうか?

s_daiba-5345もう一箇所、建物跡のような場所があったが説明板にも現地にも説明がなかった。台場の司令官的なエライ人が入る場所などだろうか。

s_daiba-5346では土塁に上がって周囲を散策しよう。

s_daiba-5347土塁上へ。一直線に延びる土塁。整備されているとはいえ、結構しっかり造られている。

s_daiba-5348そして太平洋側(南側)へ向かう。砲台の土台らしき建造物が2基見えてきた。

>> 品川台場 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2014年9月
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