上田城 [後編] 旧千曲川沿いに残る三段構成の石垣と岩壁のコラボ

上田城上田城 [中編] の続きです。

東虎口櫓群を見学し終えて、本丸内へ。本丸の中には何も建物は残っていなくて、ただ広場と石碑等が建つのみ。桜が植樹され桜の名所になっている。本丸跡の周囲には復元された堀と土塁、櫓跡が残るので見て回ろう。そして西櫓方面へ。


<訪問記>

ueda-0782本丸の上から、内堀を見下ろす。足を踏み外すと斜面を滑って内堀へ一直線。堀際に植樹があるので夏以降は恐らくほとんど内堀は見えない。惜しい。

ueda-0786本丸北西端へ。四角い本丸の形に沿って内堀もカクっと曲がっている。ここは隅櫓があった場所なのだが、櫓跡と言っても石垣があるわけではないのでただの端っこといえばそれまでか。

ueda-0786a-0783上田城本丸 北西隅櫓跡 説明板があった。平成6年に発掘調査で土塁の上に隅櫓があったことが確認されたとのこと。柱を固定した跡が残る礎石がある、と書いてあるが、気付かなかった(花見客がここでゴザを広げていたのもある。もしかしたら礎石に座ってたのかも!?)。更にこの北西端の隅櫓の西側に復元された堀底から、豊臣家ゆかりの五七桐紋鬼瓦や金箔鯱(先ほど見たやつか)破片などが多数出土したという。

ueda-0788s本丸内はほんとうに人が多いので早々に退散。唯一の現存(移設なし)の西櫓へ。城域の西側の出口に建ち、本来は1棟ではなく東虎口櫓群のように、ここも2棟の櫓と櫓門から構成された「西虎口櫓群」だったようだ。石垣の形を見ても想像できるように、東虎口のように3つの櫓が一直線に繋がる形ではなく、折れ曲がった先に櫓門があった食い違い虎口と呼ばれるより堅固な形だった。残念ながら西櫓は内部公開はされていないようなので、西櫓のすぐ脇にある石段から下へ降りる。

ueda-0790降りる前に西櫓前から内堀を覗きこむ。説明板には、堀の水は千曲川からではなく、城よりやや高い位置にある東側の「神川」から取られたと書いてある。

ueda-0792内堀の一番南西端。普通に土塁で終わっている。

ueda-0793sでは西櫓の脇にある石段を降りて下の広場へ。往時はこの下は千曲川だったので、この石段のような道は無かった。西櫓は写真左側の土手の上。

ueda-0794s内堀を遮る土橋(西虎口へ至る道)は、内堀側は先ほど見たとおり普通に土塁留めだったが、千曲川側はこのとおり石垣でばちっと固定されていた。こちらの堀には水は無いが、底部分に水路のような細い溝がある。

ueda-0795s西側の土橋石垣を離れてもう1枚。この部分は千曲川と繋がっていてここにも水があったのかと思ってしまうが、北櫓内にあった復元ジオラマを見ると、千曲川とここの堀との間には土塁で敷居がされていたようで、ここは空堀になっていた(参考:上田城 [中編] )。

ueda-0799千曲川側へ下りた。断崖絶壁を巧みに利用しながら川沿いに石垣が構築されている。川向かいから見るとさぞ凄い光景だったに違いない。石垣の上は西櫓。西櫓の左下あたりの石垣にナナメの塁線が残っていて、積みなおした跡が分かる。パンフによると本丸堀の石垣を壊した際に積みなおしたもの、とある。

ueda-0801角度を変えて、西櫓を見る。そう言えば現上田城跡は真田氏時代ではなく江戸時代の仙石氏時代のものだが、江戸時代に多く見られる白漆喰の壁ではなく、黒い下見板張りを使っているのは、仙石氏が元々豊臣恩顧の武将だったから…というのは考えすぎか。天守も無かったというし、コスト面かも。

ueda-0805何とか西櫓と東の南櫓を一緒に収めたくてギリギリまで下がって超広角で撮影。往時は西櫓と南櫓の間はずっと土塀で繋がっていたようだ。

ueda-0819続いて東虎口側の南櫓へ。真ん中の段の石垣が何だか変わった印象。

ueda-0822南櫓の正面へ。石垣が三段構成になっていて、積み方も異なることからそれぞれ構築された時代も異なることが分かる。一番下の(千曲川沿いの)石垣は、元々右側の石垣があって、その上にかぶせるように作ったことも分かる。

ueda-0823南櫓下の石垣に関する説明板があった。ちょっと変わった印象だった中段の石垣は、長雨で一部崩落したためモルタルで修復したとある。元からだろうが、石も小さい。

ueda-0824少し角度を変えて。一番下の石垣は、途中で鈍角の曲がりが造られていて、そこの石の頂点がビシっと合っているところに感動。石垣は打込み接ぎだが、敢えて表面が凸凹した黄色い石をたくさん埋め込んでデザインに遊びを入れているのだろう。対して中段の石垣は隅石が反り立つ「武者返し」で防衛目的が垣間見える。

ueda-0826sこの角度から、南櫓と西櫓をセットで。上田城の定番ショット。

ueda-0832南櫓の正面に何やら赤焦げた巨石があった。横の説明板によると、江戸時代中期の浅間山噴火で飛んできて、更にその後の水害で転がってきたという大溶岩石。ここまで転がってきたわけではなく、別の場所にあった石を駅前広場に展示していたが駅前再開発で更に城跡公園に移設されているとのこと。再開発で捨てられ無くてよかった。

ueda-0835s最後に上田城跡 2櫓を収めた定番ショット。

真田拾萬石の居城だったことで有名な上田城。現在残る城跡はその真田時代のものは少なくほとんどが江戸時代の仙石氏時代のものだが、旧千曲川沿いに残る石垣と断崖絶壁のコラボと現存3櫓、復元された立派な東虎口櫓門は見もの。 残る4棟の隅櫓復元など今後の整備も進んでいるようで期待したい。

訪問時期:2014年4月
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