甲府城 [4/5] 稲荷櫓横のスロープから稲荷櫓の高石垣を真横に見る

甲府城甲府城 [3/5] の続きです。

本丸は従来は古絵図にあるとおりもう少し北に大きかったようだが都市公園化に際し天守台北側にスロープを造営したため石垣の形が大幅に改変されたように見受けられる。復元された鉄門と二層稲荷櫓へは営業時間内なら内部見学できるので、入ってみた。


<訪問記>

二層稲荷櫓 見学の続き。1Fには出土品や復元品が並ぶ。

koufu-4494稲荷櫓の鯱瓦。と思いきや、説明板を読むと「大坂城の鯱瓦を模して作りました」。全然「稲荷櫓の鯱瓦」じゃないじゃん。

koufu-4495山梨県からご挨拶パネル。立派な鳥瞰図は現在の姿。古絵図を元に往時の鳥瞰図も描いてほしい。なお説明板によると山梨県では平成2年から整備計画を元に石垣修復、堀浄化、門櫓整備などを続けているという。トイレや説明板を除き、史実に基づいた修復・復元を、これからも整備を頑張って欲しい。

koufu-4497稲荷櫓の「石落とし」から覗いた石垣の様子。この真下は往時は内堀だった。

koufu-4499櫓の2Fへ。2Fはパネル展示がメインだが、中央に往時の姿の立体模型があった。これは嬉しい。南側(橋のある方)から見た姿だが、やはりパッと見でも分かるぐらい、今の石垣の姿と当時の姿とはかなり異なるようだ。

koufu-4505s櫓2F全景。天井板がなく梁がむき出し。

koufu-4509櫓を出る。階段の横には小石が敷かれた庭のようなスペースがあり、石にクサビ(楔)を打ち込んだ状態の石と、そこからノミで叩いて割った後の状態の石が並べておいてあった。説明板がなくても分かりやすい展示!

koufu-4513稲荷櫓の横には、石垣の間を抜けて下へ降りる坂道があった。これも近年に造営されたもので江戸時代にはなかった道。江戸時代には見れなかった角度で稲荷櫓を見ることが出来る道とも言えるので、ちょっと行ってみよう。

koufu-4515スロープ中段から見た稲荷櫓の横姿。この外側はすぐ内堀だったこともあり、かなり高い石垣が築かれている。石垣の反りも美しい。下からも見たかったが、スロープがゆえにかなり向こうまで行かないと下に降りれない距離だったので時間の都合上 断念。

koufu-4516スロープ中段から逆に稲荷曲輪の石垣を見上げた図。古絵図を見るともともとこの石垣も、この横矢掛け(石垣の折れ曲がり部分)もあったようで、この石垣に沿ってスロープを作り、入口部分のみ石垣を壊す最小限の改変とも言えそうだ。

koufu-4517a-4512再度 稲荷曲輪へ戻る。櫓の前あたりから見た本丸および天守台。城跡には松の木が似合う。

koufu-4518稲荷曲輪の東方面を見る。土塀が切れている部分からは数寄屋櫓が建っていた数寄屋曲輪へとつながっている。

koufu-4519先ほどのスロープの真上に見えていた石垣の内側。何だか変わった構造になっているが、発掘調査で石垣の中から石垣が出てきた!ということで、それが分かる形で保存展示されているという。面白い。説明板を見てみよう。

koufu-4520二重の石垣 説明板。積みなおしというより、土塁を厚くしたという感じか。

koufu-4521二重の石垣部分アップ。内側の石垣も、外側の石垣も、同じ打込み接ぎになっている。内側が野面積みだったらその対比が面白かったのだが。

koufu-4522二重の石垣台の上には石段で上がる事ができる。上から見てみると、1.5mほど広げているようだ。土塀から多聞櫓に変えたかったのかもしれない。

koufu-4524稲荷曲輪を散策。天守台のちょうど東側に、芝生で囲まれたスペースが有った。

koufu-4525ここは庄城稲荷跡で、築城以前からこの小山に建てられていた稲荷神社があった場所という。なぜか今は移転済み。城に入るときに内堀を渡った橋の東側にあると書いてあるが、気付かなかった。

koufu-4526では稲荷曲輪から、東側の数寄屋曲輪へ行ってみよう。この土塀の隙間のような道から降りていく。なお稲荷曲輪から下へは、この数寄屋曲輪を経由して鍛冶曲輪へ抜けるルートと、稲荷曲輪から直接 鍛冶曲輪へ抜けるルート(後ほど紹介)とがある。

koufu-4529数寄屋曲輪へ降りたところ。数寄屋(すきや)とは牛丼屋ではなく、茶室のこと。城主はここで茶湯を楽しんだのだろうか。

koufu-4532数寄屋曲輪には南東端に数寄屋櫓が建っていたそうだ。奥の柵に囲まれたエリアが、櫓跡。

koufu-4533数寄屋櫓跡 説明板。この櫓も、稲荷櫓と同じく、明治初期までは現存していたそう。東南端に建つ櫓なので巽櫓とも呼ばれる。

koufu-4536数寄屋曲輪から鍛冶曲輪へ降りる石段。江戸時代の古絵図にも描かれている階段だ。

koufu-4537階段を下から見上げる。一番右側の出っ張りが、数寄屋櫓跡。階段の途中から石段になっているので、櫓門ではなく、簡易な門が階段の上にあったのかもしれない。

koufu-4538一旦数寄屋曲輪へ戻り、稲荷曲輪へ。稲荷曲輪から直接 鍛冶曲輪へ降りる門を見に行ってみよう。平成の復元ではあるが、石垣の上に土塀があるだけで、何処にいてもお城に居ます感が強い。土塀の復元はいかがなものかと思っていたが、実際当時に土塀が建っていたところであれば、こうやって土塀だけでも復元するのもいいものだと思ったお城散歩。

>> 甲府城 [5/5] へ続く。<<

訪問時期:2014年7月
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