甲府城 [3/5] 本丸北側はスロープ設置のため大幅改変の模様

甲府城甲府城 [2/5] の続きです。

城域の西半分および天守台を見終わり、南の現存内堀から再度入城して今度は東半分を散策します。

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<訪問記>

koufu-4416a-4566内堀に架かる橋を渡って、再度 城内へ。恐らく現在の城跡公園としてはここが正門か。天守台が真正面。

koufu-4417甲府城の別名 舞鶴城 のシンボル 鶴の銅像。足元にある石碑(茶色い石)によると、本丸に設置されていた「噴水」は大正天皇御即位記念で造られたもので、その中央には舞鶴の銅像があったが戦時に供出。戦後、市民の協力で再建されたという。

koufu-4418a-4557改めて、正面から天守台および本丸石垣を見る。立派かつかなりの規模だ。

このまま真っ直ぐ進むのではなく、左側から二ノ丸武徳館と本丸謝恩碑の間の道を通って、先ほど降りた石段から再度本丸へ向かう。

koufu-4427謝恩碑と二ノ丸武徳館の間から見上げた本丸石垣。三段に積み上げられた石垣の迫力。しかし近年の手が入っていることも否定できない。

koufu-4439内松陰門から本丸へ続く石段は先程も見たので省略。そして石段を上がって本丸へ。降りるときは気付かなかったが、復元された南側の鉄門と同じく、西側の銅門跡にも遺構が残るようだ。

koufu-4440銅門跡 説明板。築城時の礎石が残るという。

koufu-4441こちらが銅門の礎石。柱を載せていたと思われる丸い穴がしっかり残る。鉄門に続き、赤い銅板を貼り付けた銅門も復元するのはいかがだろう。

koufu-4445先程は通過するだけで中を見なかった復元鉄門。朝9時から4時半まで中に入れるようだ(無料)。

koufu-4448復元鉄門内部。新しい木の香りと色合い。木造復元なので土足禁。

koufu-4450中に入って説明板を見る。4枚設置されており、復元工事の流れ、構造(写真)、復元整備、甲府城の歴史 という構成。法令上 一部にコンクリート基礎を使っているようだが、致し方なしか。

koufu-4453鉄門入口付近から見た、本丸石垣および天守台。

koufu-4457天守台は先ほど見たので、今回はその左側(北側)の石垣の壁を見る。説明板があるので見に行こう。

koufu-4459説明板は「暗渠」だった。この石垣台の下に暗渠(地下あるいはフタをした水路)があり、その説明だった。石垣に雨水が溜まると不安定になるので効果的に排水するために造られたとか。というかそもそもこの細長い石垣は何だろう?

koufu-4464と思ったら、細長い石垣(左端)と天守台(右端)の間の長いスロープの間に説明板があった。

koufu-4464a-4461石垣の右端にあったのは「本丸櫓跡」の説明板。明治初年まで建っていた本丸櫓の石垣台だった。なぜ細長いかというと、ガイド氏曰く、元々は櫓が建つような四角い形をしていたが、本丸の北側をスロープ設営(都市公園化)のため削ったので、細長くなってしまったとのこと。むむむ。見えづらいが、説明板に掲載されている古絵図にもスロープらしき道は無く全面的に灰色(石垣)になっている。

koufu-4464天守台と問題のスロープ。バリアフリーの大義名分でこのスロープを下まで造るため、天守台が削られたのか、本丸が造営されたのかは分からなかったが、このあたりはかなり手が加えられたようだ。

koufu-4476天守台北側の石垣。スロープのため削って積みなおしたようには見えないので、これは築城当時のものか(と思いたい)。このあたりの詳細(明治〜昭和で城跡の形がどう変えられたか)もどこかで説明していただきたい。隠しても事実なのでそれ含めて受け止めたい所。

koufu-4481スロープを降りて一番下の稲荷曲輪へ。稲荷曲輪から駅方面へ向かう出入口付近には「甲府城跡」の石碑が建っていた。駅から観光に来る人はここから城跡に入るだろうから、ここに建てられているのも一理。ちなみにこの真上あたりに、先ほど見た本丸櫓台にあった暗渠の外側の穴が見える。

koufu-4482稲荷曲輪は本丸の北側と東側を囲む大きな曲輪で、名前からして稲荷神社が祀られていたのだろうが、今は芝生が敷かれた広場になっていて、正面に見える二層の稲荷櫓と、稲荷曲輪門が復元されている。

koufu-4483城内にいくつか残る井戸跡の1つもあった。城内では7つの井戸跡が見つかっており、この井戸は深さ6mもあるとか。

koufu-4488二層の稲荷櫓へ。平成16年に古絵図等を元に復元、中には出土品やジオラマなどが展示されており、100名城スタンプも設置されている。門を除くとやはりこの二層櫓が一番「城らしい」建物だからだろうか、櫓の前に「甲斐府中城」と書かれた目立つピンクの幕が掛かっていた。

koufu-4488a-4485櫓に入る前に櫓のお勉強。城の北東に建つことから想像されるとおり鬼門防衛のための艮櫓(うしとらやぐら)でもあった。この外側には内堀が巡っていたようだ、が、今は埋め立てられて道路になっており、そのすぐ北側には線路も通って当時の面影はまったく無い。

では稲荷櫓の中へ。

koufu-4489中に入ってまず目に飛び込むのは、歴代の甲府城主の家紋入り垂れ幕。右から、柳沢家「花菱」、徳川家「三葉葵」、浅野家「違い鷹の羽」、豊臣家「五三の桐」。時代順には左から右。スポットライトも当たっていい感じ。

koufu-44901階は出土品や遺構の展示がメイン。

koufu-4492金箔鯱瓦。説明板によると、城跡から出土した鯱瓦を元に復元制作したもの、とのこと。右側の小さいのも復元模型と書いてあるが「現物は約二倍の大きさです」と注意書きされている。左側の大きいのが現物の大きさでは。最初に右側の小さいのを作ったが、やっぱり実物大を作ろうということになり、改めて造り直したということか。

koufu-4493出土瓦シリーズ。浅野氏城主時代の 違い鷹の羽 家紋が入った軒丸瓦。16世紀末の築城時のもの。

>> 甲府城 [4/5] へ続く。<<

訪問時期:2014年7月
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