水口岡山城 [前編] 巨大竪堀や虎口が守る秀吉の近江防衛網の1つ

水口岡山城は、近江東南部の独立丘陵 大岡山 の山頂に秀吉家臣の中村一氏が築いた山城で、石垣を多用した織豊系城郭だったという。城主は代々 豊臣家重臣(五奉行)が務め、1600年 関ヶ原合戦では3代城主の長束正家が三成派(西軍)に属すも西軍壊滅により撤退。城は徳川方に攻められ開城した。山城は徹底的に破壊され遺構は石垣などごく一部しか残らないが、東海道沿いの城下町はその後も宿として発展し、3代将軍家光の頃には付近に水口城が築かれた。

水口岡山城<基本データ>
●名称: 水口岡山城
●所在: 滋賀県甲賀市 (マップ)
●築主: 中村一氏
●築城: 1585年 (天正13年)
●遺構: 石垣、空堀、曲輪
●関連: 甲賀市HP水口岡山城の会


<訪問記>

minaoka-1043水口岡山城(水口古城)は、水口城の東、旧東海道を挟んだ反対側にある。旧東海道を通って東へ。奥の丸い山が城跡のある大岡山。からくり時計が目印。

minaoka-1045山麓には大岡寺がある。元々大岡山にあったが、城を築く際に山麓に移されたとか。ここは当時の大手口とされる場所。ここから城山まで真っ直ぐ伸びる道が大手道で、当時は大岡寺のある場所を突っ切って山まで道が続いていたという。現在の道は大岡寺の境内直前で左に曲がる。

minaoka-1046国道307号線が山麓を東西に横切っている。この前にある細い坂道が、城跡へ続く道となる。

minaoka-1047登山道へ。右側の土塁の上に細かい縄張図が描かれた説明板があるのだが、字が小さい上に高い位置にあるので全然読めない。同じ説明板が上にもあったので、ここのはスルーして良し。

minaoka-1050しばらく進むと「岡山城跡」の石碑。元々この城は、存城時「水口城」と呼ばれていたが、江戸時代に現在の(近世)水口城が出来てからは「水口古城」「水口岡山城」などと呼ばれたようだ。

minaoka-1051水口岡山城跡 説明板。注目すべきは上の古写真、昭和41年撮影とあるが、山一帯の木が伐採されたままで、往時の城山の様相をそのまま残している。その後 植林され、今のような緑いっぱいの普通の山になってしまったのだろうか。出土品から、大溝城(琵琶湖の北西にあった、信長の甥 津田信澄の居城)から建築部材が搬入され築かれたと考えられるそうだ。

minaoka-1054坂を上がっていくと道が左右に分かれる。正面の小さい看板にあるとおり、右が頂上(城跡)へ向かう道。左へ進むと山をぐるっと回って裏側の中学校へ出るようだ。

minaoka-1057しばらく進むと最初の曲輪へ。今は児童公園になっているようだ。自転車で上がってきた場合はここに停めて後は歩いて上がる。

minaoka-1058天気がよかったのでこんな写真も撮ってみた。こういうのが撮りたくなる気持ち良い天気だった。

minaoka-1060a-1056公園の奥には忠魂碑が建てられている。この階段から忠魂碑を通って更に奥に進むルート(西ノ丸へ出る)もあるようだが、大手道から登城するルートを取る。

minaoka-1061児童公園にあった縄張図 説明板。現在地は左側の赤丸。堀切を過ぎて神社をすぎて斜面をあがっていくと、大手虎口〜帯曲輪〜本丸へと上がれるようだ。本丸を中心に、尾根に沿って東西に曲輪が連なっている。

minaoka-1062曲輪を出て奥の道へ進む。道の右側に大きな堀切が残る。ここから始まっているのではなく、ずっと上まで続いている。ということはこの道は後年 整備された道ということか。

minaoka-1063巨大 堅堀(たてほり)跡を上から見る。草が多くて分かりづらいが、深い竪堀が人工的に掘られていることが分かる。竪堀は、敵が山中を移動しづらいように斜面に沿って掘った空堀のこと。

minaoka-1064竪堀を横から見る。この角度の方が分かり良いか。かなり深い。

minaoka-1066大堀切の横の道をまっすぐ進むと、神社のある曲輪へ。穂徳稲荷神社、明治時代の創建だとか。地図によると、この曲輪から真下に降りると旧大手口に出るようだ。

minaoka-1068登山道を進むと、斜面を登る方と、真っ直ぐ進む方とに分かれる。看板には、斜面の方が頂上まで20分、真っ直ぐの方が30分とある。手元の地図を見ても斜面を上がると本丸へ直接出るが、まっすぐ進むと奥の三ノ丸まで行ってしまうようだ。ここは坂道へ。

minaoka-1069道幅狭し。急勾配。脅されながらも、20分の登山道を進む。

minaoka-1070…わずか30秒で「頂上へ 約15分」の看板出現。

minaoka-1071更に1分後には「約10分」になった。確かに坂はそれなりだが、時間はかからない。

minaoka-1072道は右へ左へと曲りながら斜面を上がっていく感じ。「約8分」の看板が出てきたのは更に1分後。

minaoka-1073いよいよ山頂へ。看板は「約3分」。よく見ると、道の左右には土塁が積んであり、虎口風になっていることも分かる。ちなみに「頂上へ 約20分」の看板からここまで、約3分。写真とりながらスタスタと登ったが、ゆっくり登っても5分といったところか。

minaoka-1075虎口を上から見下ろす。やはり道がカーブし土塁がうまく視線を遮っている。よく見ると土塁のふちには石垣の跡も見られる。往時はガッツリとした石垣の壁だったのかしれない(破城で壊されたか)。

minaoka-1076先へ進むと、さらに道が曲り土塁で囲まれていた。食い違い虎口が2つ連なったような形だ。

この先は地図によると本丸の1つ下の帯曲輪にあたるようだ。

>> 水口岡山城 [中編] へ続く。<<

訪問時期:2014年4月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ