神戸城 [後編] 天守台の石も角の取れた丸い石積み

神戸城神戸城 [前編] の続きです。

城跡の残る神戸公園へ。南側の遊歩道から入り、内濠に架かる橋を渡って本丸へ。丸い石垣の壁を見ながら本丸中心部へ入り、天守台を登る。


<訪問記>

kanbe-3218a-3238天守台の上へ。史跡碑と、休憩所と、あと用途不明の謎の石柱(左側)が立つ。

kanbe-3218b-3240天守台の奥から入口方面を見る。以前は天守台の上に木も生えていたようだが、ちゃんと伐採されていた。

kanbe-3219天守台の史跡碑。神戸城址天主堂碑、とある。明治九年建立の古碑だ。江戸中期から幕末にかけて城主だった本多家の初代城主「本多忠統」、そして信長が送り込み5層天守をここに建てた「神戸信孝」などの文字が読み取れる。

kanbe-3221天守台の上から、本丸曲輪を見下ろす。

kanbe-3224同じく天守台の上から、小天守台を見下ろす。

kanbe-3225小天守台の上から、天守台側面の石垣(に生える草々)を見る。最近あまり整備できていないのだろう。

kanbe-3226同じく小天守台の上から、天守台正面を觀る。こちらは目立つ方向だからか、側面よりはキレイにされている印象。それにしても石がこれだけ丸く隙間が多いと、カンタンに足を掛けて登られてしまいそうだ。

kanbe-3229曲輪の端っこに立っていた 神戸城跡 説明板。当時の縄張図が嬉しい。二の丸および三の丸はほぼ高校の敷地となったようで、現在亜本丸およびその周囲の一部の内濠のみが残る状況。

kanbe-3233神戸城阯 旧史蹟碑と、天守台。三重縣。

kanbe-3234a-3272本丸を出て公園内を散策。本丸を囲っていた内堀は、この橋までが残っていた。右奥に見える橋が、最初に渡った木橋。

kanbe-3244b-3271神戸公園 北部。完全に公園で城跡の雰囲気はない。

kanbe-3244c-3270神戸公園の出口あたり。公園内マップがある。

kanbe-3246神戸公園案内図。公園中央の茶色い部分が天守台で、その周りを囲む森のような部分が神戸城跡 本丸跡。濠はやはり西側の一辺しか残っていないようだ。

kanbe-3247神戸公園の北側の道路。この道も、場所的に以前は濠だったはずだ。実際はもう少し太く、右側に写る家のあたりも濠だった可能性が高い。

kanbe-3248高校。古絵図と見比べると、高校の敷地は二の丸・三の丸だった模様。

kanbe-3251a-3265神戸城主ゆかりの地ということで、近隣の龍光寺を訪問。立派な三門。

kanbe-3251b-3254龍光寺三門を内側から。二階の高欄部分には、右側の長いハシゴから上がるようだ。一人であがって、何かの拍子にハシゴが倒れてしまったら、降りれない。

kanbe-3252龍光寺 境内。

kanbe-3256龍光寺 鐘楼。一瞬、神戸城からの移築太鼓櫓かと思ったが、それはどうやら別の寺にあるようだ。

kanbe-3258龍光寺本堂。その名の通り、立派な龍のモニュメントが冠木に付けられている。奥には、神戸城主 本多氏が建てた書院なども残るそうだ。

kanbe-3261本堂へお邪魔させていただいた。天井には50畳ものスペースに雲間を踊る巨大な龍の絵が描かれたいた。これは大迫力。龍光寺建立は室町時代。寺には秀吉や徳川家歴代将軍からの寄進状などが伝わるという。

神戸城から移築現存する建造物は、神戸城址から約3km南東の蓮花寺に二の丸太鼓櫓、そして四日市市内に大手門があるが、どちらも少し離れていることから今回訪問できなかった。特に大手門はかなり立派な様相なので近くに行った際はぜひ見に行きたい。(参考:Google画像検索

訪問時期:2014年6月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中