江戸城 [5/6] 皇居正門石橋と鉄橋(二重橋)は流石の貫禄。

江戸城 [4/6]江戸城 の続きです。

本丸に残る石室、富士見多聞櫓、富士見三重櫓を見学した後、本丸南側の中雀門跡へ。中雀門の石垣は元 三代目J-Soul 天守台だった石で、天守炎上と中雀門炎上(幕末の火災)という二度の業火に耐えたが故、デコボコと痛々しい姿を晒していた。そして中ノ門へ。


<訪問記>

edo-2730中雀門を越えて二の丸へ向かう。ここは広い枡形虎口になっていて、中に番所があり、二の丸につながる「中の門」がある。

edo-2731枡形内にある番所「大番所」。ちょっと高めに積上げられた石積みの上に築かれている。奥も広い。本丸直前の枡形にあることから、ここが一番重要な番所のようだ。

edo-2732大番所 説明板。だいばんしょ ではなく おおばんしょ(アルファベット表記より)。

大番所のある枡形から中ノ門を出ると、あとはすでに見てきたところのため、そのまま三の丸〜大手門へ向かい外へ。続いて城域東南部の皇居外苑へ向かおう。

edo-2737大手門前の内濠(桔梗濠)沿いから大手門を見返す。大手門枡形内にいるときは足場が一面に築かれていて余り見られなかったが、遠くから見ると大手門櫓門はかなりの大きさなことが分かる。そして、この頃からかなり雨が激しくなってきた。

edo-2738桔梗濠に沿って南へ進む。やはり城のお堀と言えば白鳥。雨の中おつかれさまです。

edo-2740本丸東南端には、現存3櫓の1つ、巽櫓(桜田巽二重櫓)が見える。現存だが、大正年間の関東大震災で損壊しており、解体復元されている。

edo-2742皇居外苑の巨大な広場。普段は人でいっぱいのイメージなのだが、大雨ということもあり、警備の警察官以外は誰もいない。

edo-2743桜田巽二重櫓。南側に石落しがついた出張(出っ張り)がある。石落としの穴から漆喰?が流れ出たのか、石落としのちょうど真下の一部がなぜか白く染まっている。この巽櫓が江戸城現存3櫓のうち、通常最も近くから見られる櫓。しかし本丸内側からは見られない(立入禁止区域のため)。

edo-2745皇居外苑 地図。現在地のマークが剥がれてしまっているが、現在は左下の桜田二重櫓の濠を挟んで向かい側(上)に居る。皇居外苑はほぼ江戸城時代のままの地形を残しており、2本の濠に挟まれた四角い曲輪なのだが、その中央を内濠通りという結構太い道路が縦断しているので、現代人には左右に分かれているように感じられる。

まずは本丸側の濠に沿って南下しながら本丸の建物を濠越しに見て、最後に皇居外苑 東南端にある楠公像を見に行こう。

edo-2746sまずは桔梗門へ。ここは一般は立入禁止。申請をして皇居内観覧をする際はここから入るようだ。

edo-2747s桔梗門正面。職員と思われる方が中に入っていった。美しく整えられた松並木がお城感を高めている。よく見ると門の左右の石垣のみ切込み接ぎで、その他は打込み接ぎだ。

edo-2749桔梗門から南へ。コンクリート舗装された外苑内の道が、雨で大きな水たまりのようにビル群を反射している。中央芝生の松林がかなりいい感じ。

edo-2750本丸南端。ここには蓮池巽三重櫓が建っていたのだが非現存。ここに三重櫓があればかなりの壮観だろう。天守再建はお金が掛かり過ぎるので、まずはこの辺りの櫓から再建というのはどうだろうか。目の前の濠は「蛤濠」と呼ばれる。

edo-2751本丸南端 蛤濠に沿って西へ。正面には宮内庁の正門となっている「坂下門」が見える。庁舎の入口のため車が入れるよう白線が引かれている。門の前は複数の警備員と鉄柵で警護されているが、柵の外から観覧することは可能。門の前まで行ってみよう。

edo-2754柵越しに見た坂下門。特に通行人や車は居なかったが、門は開放されていた。右側に見える青い屋根は宮内庁舎。

edo-2757坂下門 の標柱と坂下門番所。大雨の中 カッパを着た警察官が外に立っていた。おつかれさまです。

edo-2761坂下門から、二重橋濠に沿って更に南下。濠沿いは芝生になっていたので、少し内側の砂利道を歩く。右奥に見える、赤白の通信鉄塔が建っているビルは、刑事ドラマ等でよく映る「警視庁本部」。ちなみに警視庁は都内の警察本部、いわゆる県警の東京都版。警察庁は都道府県の警察本部(県警)を統括する機関。地方出身者にはややこしい。

edo-2762二重橋濠の南端に位置する櫓門は皇居正門。一般参賀時以外は閉じられているが、前まで行ってみよう。

edo-2763皇居正門。先ほど東御苑内の二の丸跡で見た獅子型の電燈が橋に6つ設置されている。この橋は皇居正門石橋。

edo-2764そして皇居正門の西側の濠の奥には、皇居正門鉄橋が見える。通称「二重橋」、江戸時代は橋桁が二重だったのでそう呼ばれるらしいが、現在は改修され写真のとおり一重の橋。正門前の石橋と奥の鉄橋とを併せて二重橋、ではない。城ファンとしては右側の西ノ丸跡の巨大土塁にも注目。鉄橋の右奥あたりに屋根だけチラッと見えているのは現存3櫓の1つ、伏見櫓。

edo-2764a-2766皇居正門前の濠沿いに設けられた鉄柵は、パイナップルのような形の造形になっていた。おもしろい。

edo-2765皇居正門石橋。正面から見るよりも、こうして横の造形も見える角度で見たほうが良い。アーチが2つ連続したいわゆる「めがね橋」。

edo-2769反対側(東側)から見る皇居正門と石橋。古絵図を見ると、元々は「西ノ丸大手門」と呼ばれていたようだ。

edo-2775そして、最も有名な角度での1枚。確かに絵葉書のような姿! 苔むした石垣と、黒ずんだ眼鏡橋と、奥にちらりと見える伏見櫓。厚い曇天もあいまって、なんとも言えない渋い雰囲気を醸し出している。なんもいえねー。

皇居正門の写真だけで4−5枚ほどサイトにUPしたが、実際はもっともっと撮っている。ちょっと角度を変えると表情が変わる。いやー良かった!

edo-2781皇居正門を回りこんで南へ進む。皇居正門の奥には、先ほど見た警視庁本部や省庁のビルが建ち並ぶ「霞ヶ関」エリアへ抜ける「桜田門」がある。ここが皇居外苑の南西端。歴史の授業で習った、幕末の彦根藩主で幕府大老の井伊直弼が水戸浪士に暗殺された「桜田門外の変」の現場は、この門の外側だ(桜田門交差点附近と言われる)。

>> 江戸城 [6/6] へ続く。<<

訪問時期:2014年6月
– – – – – – – –
城めぐり関連ブログ人気投票参加中. いつも投票アリガトウ!

このブログは果たして何位でしょうか? (=゚ω゚)ノ