霧山城 [中編] 延々と続く杉林をただひたすら歩く。

kiriyama_cover霧山城 [前編] の続きです。

まずは山麓の館跡である北畠神社と、北畠氏が築造した武家庭園(なんと現存)を訪問。そして神社の神饌田の奥にある登城口から、いざ城跡へ。


<訪問記>

kiriyama-1482登城道入口。霧山城趾まで1350m! 山道で1km越えは久しぶり。

kiriyama-1484最初はこんな感じの道をつづら折れになりながら登っていく。看板にあるとおり、確かに滑りやすい。

kiriyama-1487足を踏み外すと下の段に真っ逆さまなので気をつけて上がる。最初なのでまだ疲労は無いから大丈夫か。

kiriyama-1491ある程度あがると、いよいよ坂を直登り。木で階段を作ってくれているので登りやすい。どんどん進んでいこう。

kiriyama-1492往時は木を伐採していたであろうから、外界がしっかり見えたであろうが、今はこの通り林状態なので全く見えない。(おかげで涼しくて登りやすい)

kiriyama-1494しばらく登ると、少し開けた場所に出る。看板とベンチがあるのが分かる。

kiriyama-1495案内板によると、ここは詰城跡とのこと。麓の館跡(北畠神社)との比高差80m。今の場所は地図上のAの場所にいて、左上に曲輪Bがある。その奥には堀切等があるようだ。ここは霧山城ではなく、あくまで軽い有事の際に籠る詰城。霧山城趾はまだ1kmぐらい先だ。

kiriyama-1497a-1588折角なので詰城も見ていこう。左上を見上げると、結構な土塁がある。この上に曲輪Bがあるようだが、道がない。恐らくこの斜面をあがっていくのだろう。半ば無理やり上がる。

kiriyama-1497b-1589詰城曲輪B。今は杉木が生えているが、結構な広さの削平地になっている。

kiriyama-1497c-1590曲輪Bの一番奥まで行き、下を見下ろす。帯曲輪的な細い曲輪の向こうに削られたような跡が見える。あれが堀切か。

kiriyama-1498a-1594斜面を再び降りて曲輪Aへ。一部木が伐採されており、館跡方面が見えるようになっている。向こう側の山との間の谷の部分はすべて城下町で、神社跡、地割跡、館跡などがここから見えるようだ。

kiriyama-1498b-1593説明板の写真を参考に、実際の眺望を見る。写真のとおりだ!(当たり前か)。館跡の広場も、地割跡もハッキリ分かる。

kiriyama-1502詰城を後にして、ふたたび登山再開。杉林の中を進む感じ。

kiriyama-1504先ほど曲輪Bの上から見下ろした堀切を横から見る。見事なVの字だが、杉林になってしまっている。

kiriyama-1506ここからが本番。延々と続く上り坂。

kiriyama-1509見事なぐらいにまっすぐと生えまくっている杉の木。

kiriyama-1511海抜454mという看板発見。しかし登り始め段階での海抜が分からなかったのでなんとも言えない。

kiriyama-1513城跡へ610mという看板登場。スタート地点で1350mだったから、約半分強進んだということだろう。

kiriyama-1515なかなかの急勾配の階段を上がる。だんだん言葉少なになってきた。

kiriyama-1517休憩スペース付きの方向板。城趾まであと520m。もう少しだ。

kiriyama-1519切り通しのような道を進む。恐らく攻め手は、この道を通っている間に左右の坂の上から矢や鉄砲で攻撃を受けるのだろう。ヒエ-

kiriyama-1522再度 休憩スペース付きの案内場所に到着したようだ。説明板を見てみよう。

kiriyama-1523分かれ道注意、とあるが、下向きの矢印は元来た道。そして霧山城跡 南曲輪まで140m。あと少しだ!2つの距離を足して1350mにならないのは、本丸までの距離ではなく南曲輪までの距離だからだろう。

山道の紹介のみで終わってしまった中編。それだけ1350mは長い! 後編でいよいよ本丸跡へ。

>> 霧山城 [後編] へ続く。<<

訪問時期:2014年4月
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霧山城 [中編] 延々と続く杉林をただひたすら歩く。” への2件のフィードバック

  1. 城廻りには、機材を担ぎ、撮影ポイントを探しまわりと体力と気力必要だと最近感じておりますが、今回の写真を拝見するとまさに山登りですね。北畠氏といえば高名な家柄。今このようになっていることを写真拝見すると隆盛した時代のことに想像を膨らませと同時に、夢の跡といった無常感、複雑です。

    1. いつもコメントありがとうございます。霧山城跡は今まで登ってきた山城の中では近江観音寺城(六角氏)と同じかそれ以上の大変さでした。しかしその苦労を越えてこそ400年前に隆盛した夢の跡を体感できる喜びがありますので、臆すること無く頑張って担いで登ってます。

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