鬼ノ城 [後編] 断崖絶壁にそびえる屏風折れの高石垣!

鬼ノ城 [中編3] の続きです。中編3というのはすでに中編ではないと書いてる私も思いますがいい名前が思い浮かばないので敢えてこのままです。さてついに鬼ノ城最大の遺構である屏風折れの石垣跡までやってきた。存分に見てから、山上の礎石群へ向かいたい。

<訪問記>

kinojo-9919屏風折れの石垣跡の上の曲輪には、鬼ノ城の看板と石碑が建っていた。どうやらここが史跡の中心部という位置付けのようだ。足の悪い人には厳しいかもしれないが、復元西門だけでなくぜひここまで来て頂きたいところ。鬼ノ城 説明板にも「温羅一族が居住」と書いている。そしてその後の平安時代(794年の平安京遷都から1192年頃の鎌倉幕府成立まで)には伽藍が建ち並ぶ仏教発展の中心部だったとか。鬼ノ城は出土遺構からその運用時期は7末〜8頭と言われている。その仏教中心都市として栄えた頃に、100年前に滅んだ鬼ノ城の遺構がどこまで利活用されていたのかは分からない。

kinojo-9919b-9921鬼ノ城の石碑。逆光なので少し見辛いが中央のプレートに「岡山懸十五景地」と書いてある。ネットで調べてみると、地元の山陽新聞がその昔に制定した岡山県内の15の風光明媚な絶景地を指しており、そのうちの1つがここ鬼ノ城跡であるという。他には「龍ノ口山」「備前 和意谷(わいだに)」などが十五景地になっているようだ。

kinojo-9920十五景地 石碑の裏側。昭和12年建立。少なくとも戦前からここに鬼ノ城の遺跡があり、風光明媚な絶景地として人々に知られていたようだ。そして石碑の裏から望むこの絶景。

kinojo-9923屏風折れの石垣。よく雑誌等に載っている角度とは逆からの一枚。弧を描くように断崖絶壁の上に巨石が積上げられている。造られたのは1300年前。これだけの遺構にもかかわらず、当時の史書は一切無視。どうなっているのかまさに謎。歴史書は何時の世も勝者の歴史なので、勝者に都合の悪い場所、あるいは歴史から抹消された敗者の城というのが実情だろうか、などと妄想するにはもってこいの場所。柵など一切ないので落ちないようにだけ注意。

kinojo-9924そして反対側の定番構図でも高石垣を見る。ここからこれだけ下が見えるということは、下からもここがハッキリと見えているということ。

kinojo-9928落ちそうで落ちない巨石発見。いったい何百年こうしてガマンしているのだろうか。

kinojo-9931さて屏風折れの石垣を十分堪能した後は、先ほどの分岐点へ戻る。上へ上がってみよう。

kinojo-9932上は展望台と書いてあったが、この小屋だった。高さはコチラのほうがあるが、展望場所としては先程の屏風折れ石垣の場所の方が視界が広くて良い。

kinojo-9934山道に沿って進む。山の中に入ったので城壁はなくなったが、途中大きな沼があった。籠城でいつの時代も大切なのは「水」。

kinojo-9935しばらく進むとまた分岐点。看板を見ると、右へ進むと目指す礎石建物群跡、左へ進むと復元西門へ直行するようだ。右へ。

kinojo-9936右へ進むとすぐに礎石建物跡へ着いた。結構奥に広いようだ。

kinojo-9936a-9944説明板は倉庫群跡、となっていた。門跡は掘立柱(穴を掘って柱を立てる)だったが、ここの建物はちゃんと礎石を置いてその上に柱を乗せている。時代が違う? 地面を掘ると下の写真のようにキレイに並ぶ礎石が出てきたようだ。実物を見に行ってみよう。

kinojo-9939礎石がキレイに等間隔に並ぶ。

kinojo-9940礎石総柱建物跡。今は礎石が露出しているが、元々は完全に埋まっていたのだろう。よく見つけたものだ。このあたりが最初に発見された建物跡とのこと。

kinojo-9942見つかった礎石があった場所の真上にこうして見えるように並べてくれている。

kinojo-9943ところ狭しと倉庫跡が並ぶ。門を復元したのなら、倉庫も1つぐらい復元してもよいかもしれない。

kinojo-9946更に奥に進むと、今度は「管理棟跡」という説明板があった。このあたりの建物2棟は、先ほどの倉庫群とは構造が異なり、建物の廻りに沿って柱が並ぶ細長い建物で、倉庫ではなく役人が駐在した建物だったのではとのこと。

kinojo-9947先ほどの倉庫群は礎石がとてもわかり易かったが、ここは何だか乱雑?に並んでいて、どれが礎石なのかよく分からなかった。

kinojo-9948礎石群からまっすぐ進むと北門がある城壁沿いの通路へ出た。ここを西門とは反対に進むと北門跡があるが、だいぶ日が傾いてきた(16時)のでこのまま下山することにした。これから歩いて砂川公園まで降りて更に自転車で今日の目的地の総社駅まで行くと思うと少し気が滅入るが、これだけの遺構を見られたので後悔はしていない。

kinojo-9949角楼前の展望スポットまでやってきた。この左側に見える小屋のあたりがどうやら鬼ノ城の最高位のようだが、スルーして下山してしまった。時間に余裕があったらここから最後の鬼ノ城眺望を楽しみたいところ。このまままっすぐ右へ進むと看板とおり角楼&西門のスタート地点に戻る。

なんと帰り、とぼとぼとビジターセンターから歩いて降りていると、現地の方の車が横付けされ、乗せてこうか?と優しきお声掛けが。貴方が神か! 地元の方曰く、鬼ノ城だけでなく奥の岩屋にも石佛などが多く並び見応えの有る歴史スポットだとか。話をしながらあっという間に山麓の公園へ。思いがけず地元の方の優しさに触れられるのも旅の醍醐味。ありがとうございました。

100名城に指定されて恐らく全国区になった鬼ノ城。古代山城だしなー遠いしなーと敬遠されている方は、ぜひ訪れて頂きたい!史実が不明なのでいつもの戦国妄想とはちょっと違う城攻めになるけれど、それでも圧倒的な迫力の高石垣に大満足な遺構でした。高所恐怖症な方はちょっとご注意を。結構高いです(高石垣の端っこに行かなければ大丈夫)。

訪問時期:2014年4月
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鬼ノ城 [後編] 断崖絶壁にそびえる屏風折れの高石垣!” への4件のフィードバック

  1. 高岡城のがっかりさもあり、戦国山城ではないので省略と思っていたが、このブログで訪問せざるを得ないと思いました。感動しました」!

    1. コメントありがとうございます。鬼ノ城は発掘・復元が大規模に進み、古代山城を感じられる素晴らしい場所でした。個人的にはここ以外の古代山城には殆ど訪問できていないのですが、コメント頂いたことで読み返し、また古代城跡も訪れねばと決意を新たにしたところです。

  2. 奈良の高取城で山城の魅力に取りつかれ竹田城、岩村城、観音寺城、苗木城と渡り歩き今週末鬼ノ城攻略を予定しておりましたので解りやすい写真と記事で大変参考になりました。ありがとうございました。

    1. コメントありがとうございます。他で挙げられている戦国山城と、鬼ノ城や大野城(福岡県)などの古代山城は、ずいぶん雰囲気も構造も異なりますが、どちらも興味深く魅力的です。ぜひ古代山城を歩いて体感してきてくださいませ!

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