鬼ノ城 [前編] 麓の砂川公園から3kmの車道(坂道)を延々と歩く

鬼ノ城は岡山県の鬼城山(きのじょうざん)に残る山城跡で、出土品の年代(7〜8世紀)から古代山城の1つと考えられている。日本最古の歴史書 日本書紀 によると、663年の倭国(&百済) 対 唐(&新羅)の戦い (=白村江[はくすきのえ]の戦い) で倭国(=日本の当時の国名) は敗北し、その後 唐の侵攻に備えるべく、時の天皇は有名な防人(さきもり)の配置に加え、西日本各地に古代山城を築城したという。しかしここ鬼ノ城については日本書紀や他の歴史書に一切記載がなく、詳細不明の謎の古代山城とされている。歴史書に記録が無い古代山城は「神籠石(こうごいし)式山城」とも呼ばれる。2006年 日本100名城No.69に選定され、古代山城ファン以外にも有名になった。

鬼ノ城<基本データ>
●名称: 鬼ノ城 (きのじょう)
●所在: 岡山県総社市(マップ
●築主: 温羅(うら) ?
●築城: 7-8世紀頃
●遺構: 石垣、門跡、水門跡、礎石群
●関連: 岡山県古代吉備文化財センターHP


<訪問記>

kinojo-9761s備中高松城跡からも見えた鬼ノ城。自転車(レンタサイクル)でそのまま鬼ノ城へ行くぞと出発。めちゃくちゃ遠くにあるように見えるが、それほどは遠くない。写真は高松城を出発して20分ほど、田園地帯を西へ進んでいる最中に撮影。矢印の先に見える白いハゲた部分が鬼ノ城。遮る建造物が無く、ずっと道の右側に見えているので、気力も続く。

kinojo-9764備中高松城跡から自転車(非電動)で約45分、鬼ノ城山麓の砂川公園へ到着。公園の手前あたりから坂道になり自転車ではかなり厳しくなってきたので、自転車はここに停めさせていただいて、ここからは徒歩で上がることにした。ちなみに車だと更に3kmほど上のビジターセンターまで行くことが出来る(ただし車道は狭い)。

kinojo-9766いざ出発。ちなみにここから先には自動販売機が無いので、水はここまでに必ず手配して行こう。しばらくは車道ではなく、砂川公園内の桜を見ながら遊歩道を進む。

kinojo-9767砂川公園には石畳がキレイに敷かれた川が横に流れている。

kinojo-9768砂川公園の奥まで来ると、車道が左右ふた手に分かれる。中央に看板があるとおり、鬼ノ城へは右側を進む。左へ行くとゴルフ場だとか。

kinojo-9770しばらく進むと、車道コースと山道コースの分かれ道へ。分かりづらいが、左側に木製の方向板があり、ガードレールの手前から左の山道へ入ると、山道コース(”砂川の森歩道”)になるという。ストック必須の結構厳しい山道とのことで、初めての人は車道コースをオススメしますと公園の人に言われる。車道の横には「鬼ノ城駐車場まであと3000m」の無慈悲な看板が。どれだけ時間がかかるか測ってみよう。ただいま13:30。

kinojo-9771車道はかなり緩やかではあるがずっと上り坂で、左右にグネグネ曲がる。時折クルマが上から下からやってくるので、その都度止まって避ける。「← 鬼ノ城・岩屋」という石碑発見。

kinojo-9773しばらくあがると、左側に広大な池が出てきた。これはキレイだ。ひとときのやすらぎ。

kinojo-9774道が一段と細くなり、舗装も古い感じになる。ここで「鬼ノ城駐車場まであと2500m」の無慈悲な看板が再度出現。現在13:36。500m進むのに6分。この調子だと3km進むのに36分、あと30分登山が必要ということか。

kinojo-9776「鬼ノ城駐車場まであと2000m」看板出現。ただいま13:41、2500m地点から 5分で到達。まっすぐ向こうが見えないぐらい続く、舗装のイマイチな車道にウンザリ。景色も左右変化なしで石垣などがあるわけでもなく、自分との戦いという感じ。自分以外に歩いている人は誰も居ないし (下りの人とは2回ほどすれ違った)、あと◯mの看板が無いと心が折れそうになる。

kinojo-9777「↑ 鬼ノ城・岩屋」石碑。昔はこっちしか無かったのだろう。これだとかなり不安になる(あとどれぐらいかサッパリ分からんので)。

kinojo-9778右側に「鬼ノ城駐車場まであと1500m」の看板発見。13:47。2000m地点からは 6分だ。大体平均して5−6分で500m進むことが出来ている。この調子であと15分がんばろう!

kinojo-9782…とここで、山道の方向を指して「ウォーキングセンター →」という方向板が出現。車道の方向には「← 経山城跡」と書いてある。確か鬼ノ城の麓には「ビジターセンター」があったと思ったが、ウォーキングセンターとは果たして? ただいま13:56。景色も足もとも変化のない車道を歩くのに疲れてきていたこともあり、ここでつい山道ルートを取ってしまう。

kinojo-9783山道へ。もしかして車道だと迂回が必要でグネグネ曲がるため距離が伸びるが、山を直接越えるとすぐウォーキングセンター(=ビジターセンター)にたどり着く、ということか!? と淡い期待をしながら進む。

kinojo-9784今までとは打って変わってこの山道。地面も柔らかくて歩きやすく、景色も変わってイイ感じ。

kinojo-9787しかし最初は山道と言えども結構整備されてたのだが、どんどんこんな感じの整備してるのかしてないのかよく分からん感じになってくる。看板もなく、こっちでいいのかすら不安になってくる。

kinojo-9788人工的な木橋やコンクリートブロックの壁が出てきて、ちょっと一安心。しかし相変わらずウォーキングセンターらしきものは見えないし、車道にはちょくちょくあった「あと◯m」みたいな看板もまったく無い。

kinojo-9789なんか石垣というか石積みみたいなものを発見。それより道に迷ってはいないか不安で、スマホのGPSマップを見て場所を確認しながら進む。地図を見ても山道なので記載がなく山の真ん中を指しているのだが、先ほど歩いていた車道からはそれほど離れていないことが分かる。

kinojo-9790しばらく進むと急に開けてきた。ウォーキングセンターか!?と思いきや、私有地につき…の看板。畑のようだ。畑を避けて左側の道を進む。

kinojo-9791そして畑を越えると衝撃の結果。先ほどの車道に合流した。結局、山道を通ることで地図上では一応ショートカットになったようだが、気持ち的にどっと疲れた。おなじみの「鬼ノ城駐車場まであと500m」の看板にホッ。14:10。1500m地点から1000m進むのに23分かかったようだ。もう山道には入らない。

kinojo-9792車道沿いに「鬼の釜」があった。地域の伝承で、鬼ノ城に住む温羅(うら) が生贄を茹でた釜と言う。温羅は、恐らく鬼ノ城を築城し吉備地方で勢力をもっていた渡来人(百済?新羅?)で、大和朝廷から派遣された吉備津彦命に滅ぼされたという。その吉備津彦命が鬼ノ城討伐のため陣を敷いた場所が吉備津神社になり、吉備津彦命を祀ったのが吉備津彦神社という。繋がった。

kinojo-9793しばらく山道を上がる。また「← ウォーキングセンター」という方向板とともに、車道の横に山道が出現。もう行かない。

kinojo-9794またしばらく車道を上がると、奥にやっと建物が見えてきた!どうやらここがビジターセンター(ウォーキングセンター)のようだ。14:15。最後の500mは5分だった。やはり山道で遅れをとったか。あと3000mの看板からここまではトータル45分。おつかれさまでした。ではなく、ここからが本番。

ということで、鬼ノ城へ歩いて上がるなら、ウォーキングセンターの方向板に踊らされず、迷わず車道を上がることをオススメします。

>> 鬼ノ城 [中編] へ続く。<<

訪問時期:2014年4月
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